松下幸之助と私 牛尾治朗 野田佳彦 古賀伸明

牛尾治朗

 松下幸之助は、虫の目と鳥の目を併せ持った男であった。虫の目とは、企業経営を進める上で、非常に小さな事どもを見つめる目である。一方、鳥の目とは、企業全体のみならず、社会や国家全体を俯瞰する目のことだ。

 生産性を高める上で重要になってきているのが、労働生産性よりも全要素生産性を高めることである。・・私は、この部分を伸ばすために、組織には4つの機能が必要になると考えている。

 一つ目は、常に総合力を高めることだ。企業経営で成功しているところは大概、会社のあらゆる部門の総合力を結集し、時に外注先まで巻き込んで総合力を高めている。

 二つ目は、変化に即応する力である。とくにグローバル化に伴う目まぐるしい変化に即応する力が求められている。

 三つ目は、合理的な、効率の高い経営。これは生産性向上運動、機械化、TQC(全社的品質管理)などで、日本企業がこれまで高めてきた部分である。

 四つ目は、信頼性だ。消費者だけでなく、従業員からも社会からも信頼されるような組織であることだ。

 日本が経済的に豊かになるのに伴い、自分のことを第一に考える風潮が広がり、まず集団主義が崩れた。かつての日本メーカーは世界一を目指すのが当たり前で、少しでもそれに近づくべく死に物狂いの努力を惜しまなかったが、そういう完璧主義も薄れてきた。さらに、三K(きつい、汚い、危険)という言葉に象徴されるように、現場主義も嫌われるようになった。几帳面だったはずの組織力の減退、完璧を求める気質の喪失、時間厳守のルーズ化などによって、生産性が大きく損なわれているのが、日本企業の実情である。

 

古賀伸明

 大先輩から、創業者のこんな話も聞いた。「素直な心にも碁や将棋と同じように初段から名人まであるんやと思う。初段になろうとおもうなら一万回反省せんなならん。自分は何かにとらわれていないか?ゆがんだ心で判断していないか?と事あるごとに自分を省みる。これを一万回繰り返してやっと初段や。自分も最近はようやく初段ぐらいになったかなと思っている。名人の域に達するにはまだまだ修行が必要やな」

 高橋荒太郎氏(ミスター経営理念、創業者の伝道師・宣教師・松下電器の大番頭)の著書『語りつぐ松下経営』には、・・「私は、世の中で一番むずかしいことは、誰でもわかっていて、誰でもやればできることを、間違いなくやり通すことだと思う。平易なことを間違いなくやり通すことはむずかしいことである。むずかしいことだから根気がいる」

 創業者はおもむろに口を開かれ、「商品を売る前に君たちに売ってほしいものがある。それは松下の経営理念や。松下の経営の基本の考えかたなんや。お得意様に松下の経営理念を売ってほしい」と、おっしゃったそうだ。それを聞いた出席者は一瞬ことばを失い、狐につままれた感じになったおちう。その時から、そのことばの謎解きをしばらくやることになり、いろいろと考えているうちに、商売の上で企業と企業のお互いが信頼しあう時に、その絆となるものが、企業の持っている基本の考え方、理念なのではないかとの結論に至ったとのことだ。松下電器の経営理念が正しいから、相手がよきパートナーとして松下を選ぶ。相手の経営理念が正しいから、松下が相手をよきパートナーとして選ぶ。そうなって初めて信頼関係が長く続き、その関係を深め高めることができる。

 

 野田さんは「素志貫徹」の箇所が少々面白い。54歳で総理大臣となり55歳でやめた。その後の人生の処し方を考えた時のこの言葉がキーワードとなって現在頑張っておられるとのこと。頑張ってほしいものだ。