別冊NHK100分de名著 史記 司馬遷 特別授業 安田登

はじめに

 『史記』には、三皇五帝と呼ばれる古代の伝説の王の時代から、司馬遷が生きていた前漢の時代まで、2500年以上の歴史が書かれています。

 

第1講 殷 文字の誕生

第2講 周 心と論理の誕生

 殷の時代にも農業はありました。しかし、周はそれを大規模化し、農業を中心とした国家を完成させた。それがこの始祖伝説にあらわれています。周が農業を完成させたことが、実は心の誕生と関係があるのですが、どういうことでしょう。-作物を育てるので、いろいろなことを考える。・・種もみを解剖しても米は出てきません。ここに「信じる」という行為が発生します。これによって、周に心が生まれてきたのではないかと思うのです。漢字の「心」とは、単純化して言えば、未来を知る力のことなのです。

 だから周が正当なのだ。そのように(大盂鼎だいうてい)に書いています。この「だから」に「古」という文字を使っています。そうです。「古」に「攵(ぼくにょう)」をつけた「故」という意味で使われているのです。このように、固くて変化しないものを過去にすることによって、「A故にB」という文章が成り立つ。これが、中国において、初めて「論理」というものが生まれた瞬間なのです。

 論理が生まれることで何が起こるかというと、「時間」が生まれます。それまでにも「時」の概念はあったと思います。しかし、それはいまこの瞬間を指す「時」だった。これが、時と時のあいだを含めた「時間」という概念に変わったわけです。この変化によって過去・現在・未来という時間の連なりが生まれました。

 さらに、同じ時期に学校というものが生まれました。

 さて、ここでまた「論理」に戻って、論理と文字との関係について、もう少し考えてみましょう。・・文字によって作られる文章の直線性、リニアこそが文字の特徴であり、論理を生み出した元なのです。「はじめに」で、文字は脳の外在化ツールだという話をしましたが、文字の特性は、もうひとつあります。それは、文字があらゆる事象を二次元に微分した結果の存在であるということです。たとえば、「兜(古)」。実物の兜は三次元、ⅹ³の存在ですね。ところが平面である骨や青銅器に書くときには、それを二次元、x²にしなければならない。そう、微分するのです。前講で見た「川」や「犬」などは動いていますから、四次元、x⁴の存在と言えます。これを文字にするときには、まずは時間を止めて三次元にし、さらにそれを二次元にする。あらゆる事象を二次元にした結果が文字です。そんな二次元の文字を並べると直線になりますね。・・この直線で生まれたのが「A→B」という論理なのです。でも、世界は直線ではありませんね。ですから論理による説明には無理があるし、論理は不完全なのです。

 

第3講 秦 法の完成

 天変地異が非常に多いのが、秦の第一の特徴です。この天変地異の描写は、人民を待ち受ける過酷な運命の前兆なわけですが、直線的に「これが前兆ですよ」とは書いてありません。ただ天変地異だけを書く。これは孔子が「五経」のひとつ『春秋』で使った「春秋の筆法」という手法が関係していると思われます。・・司馬遷が、彗星の出現だけを書いて、それが何を暗示するかを書かなかったのは、そうした風諭の意図があったと思います。これは日本でも『平家物語』などには随所に見られます。・・全部あhいわれていないけれども、その意図するところを理解する、というコミュニケーションや読解の方法も、一方では非常に長く存在していました。秦始皇本紀を読むと、そんなことにも思い至ります。

 秦のもっとも大きな特徴は、法を完成させたことです。法の完成に功績があったのが、韓非と李斯(りし)という二人の法家です。韓非のほうが優れていましたが、それを妬んだ李斯が韓非を自殺させて、以後は李斯が力を振るうようになります。韓非が書いた『韓非子』を読むと、彼自身は法を最高のものとは断定していなかったようです。しかし、韓非を廃して李斯が権力を手にすることによって、法の絶対が確立されていくことになります。

 周にとっての法は、この「徳」であり、それを完成させようとしたのが孔子でした。韓非は「徳」と「法」とのあいだで揺れ動いていた人でした。それを両立させようとした人であったといってもいいかもしれません。そして「徳」を捨て「法」を取ったのが李斯であり、秦だったのです。

 

第4講 漢 中華文化の成立

 高祖は、性格も悪いし、能力もない。しかし3人の軍師を得て、彼らを使うことで勝つことができた。

 温故而知新 「而」は見逃されがちなのですが、これが大事で、時間の経過を表す文字です。・・読んだことを自分の中でぐつぐつ煮込んでください。八校させてください。そうしたら、いつか、誰も考えつなかったような新しい何かが、突如みなさんの中に現れるかもしれません。

 

 おもしろいと思った箇所を抜き書きしてみただけだが、本当に物凄くおもしろかった。100分de名著シリーズの中でも、1,2位を争う面白さだと思います。お薦めの一冊です。