佐竹音次郎物語 万人の父になる 横山充男

2019年9月10日 第1刷発行

 

明治から昭和にかけて、身寄りのない子どもたちを救い、保育院(孤児院、児童養護施設)を開設。自分の子どもと分け隔てなく育てようと徹底していたため、妻のくまさんは大変だったろうと思います。自分の子どもに人一倍愛情をかけようとすると怒られる始末。日本だけでなく海外でも施設を展開し、5571人の子どもを育てたらしい。保育の父、と呼ばれるわけがわかるというものです。医師でもあった音次郎さん。多くの職員やボランティアに支えながら、夢に生き、夢に殉じた一生だったようです。