卓球ジャパン女子 高樹ミナ

2020年3月 初版第一刷発行

 

東京オリンピックの卓球女子個人と団体戦の日本代表に選ばれた伊藤美誠選手と団体戦の日本代表に選ばれた平野美宇選手。惜しくも落選した早田ひな選手。皆2000年生まれのライバルでもあり、友人でもある。切磋琢磨してきた歴史がコンパクトにまとまっています。

3歳で卓球を始めた平野美宇選手。5歳の時に「第2の藍ちゃんって呼ばれているけどうれしい?」と聞かれて、「みうは、みう!」と答える。全日本選手権大会のバンビの部(小2以下対象)で小1で優勝。愛ちゃん以来12年ぶり。天才少女だったんですね。この時すでに「夢はオリンピックで金メダル!」とインタビューで発言。以来次々と記録を樹立。

伊藤美誠選手は、お母さんも卓球選手。お母さんはお腹にいるときからトイレットペーパーの芯をつなげて長い筒をつくりお腹にあてて、テレビを見ながら実況中継、お腹に質問を投げかける。3歳少し前から卓球を始める。マイラケットを買った次の日から練習。するとラリーが続き、才能を感じたお母さんはコーチになることを決意。平日で3時間、土日は時間練習を続ける。4歳で1日7時間練習。小学2年の時から様々な大会で優勝。小学6年生の時には平野選手を破って東アジアホープス卓球大会で優秀。2人は子供の時からライバルだったんですね。

2人は5際の時からダブルスを組み、小6で全日本選手権大会「一般の部」でインターハイベスト8の高校生ペアを破り、史上最年少記録を塗り替える。中学は平野選手が東京JOCエリートアカデミーに、伊藤選手が大阪市の関西卓球アカデミーに。

13歳だった「みうみま」ペアは2014年3月のワールドツアー・ドイツオープンでツアー初優勝。史上最年少記録、ギネスブックの世界記録にも認定。14歳でワールドツアー・グランドファイナル優勝。

2016年リオデジャネイロ大会の日本代表候補に加わるきっかけとなったワールドツアー・ドイツオープンの女史シングルスで優勝した伊藤選手は、ツアー史上最年少記録を更新するとともにギネス世界記録にも認定。小6の作文で2016年にオリンピックに出場して2020年には団体優勝、個人戦で優勝したいと書いていた。リオでは女子団体銅メダル獲得。この時平野選手はリザーブとして帯同。リオの代表発表後2か月して平野選手はプレースタイル大改造を始め、安定型から攻撃型に変更。2016年リオ大会直後の女子ワールドカップで平野選手が優勝。16歳のワールドカップ優勝は史上最年少記録で、ワールドカップ優勝自体、男女通じて日本人初の快挙。平野選手が躍進を遂げる中、伊藤選手はこの時スランプに。省エネ卓球を変えようとフットワーク練習に取り組み2018年全日本選手権大会で女子シングルとダブルス、混合ダブルスの3種目すべてに優勝。ここで平野選手に伊藤選手が追いつく感じになりました。中国選手を次々と打ち破り「大魔王」のニックネームがつけられる、伊藤選手と早田選手の「みまひな」ペアがワールドツアーで4回優勝し、女子ダブルス世界ランキング1位に立つ。

早田選手は平野・伊藤選手にあこがれて、「練習は不可能を可能にする」をモットーにする地元クラブで練習に励み、中学生で国内で優勝するまでに。2016年にはワールドツアーで優勝し、ニューヒロインとして脚光を浴びる。

2020年東京オリンピックの代表選考は熾烈な戦いに。平野美宇選手は中国選手に徹底的に研究され、暗闇をさまよう。2018年4月からプロに転向し、2019年復調の足掛かりをつかむ。

伊藤選手が代表一番乗り、石川選手が2番手につけて、残ったひと枠を平野選手が選ばれる。早田選手は惜しくも落選するが、2024年パリ大会に向けて気持ちを既に切り替えて頑張っている。2020年1月、全日本選手権大会女子シングルスで初優勝を果たす。切磋琢磨するライバルたちの戦い。ライバルがいるから強くなれたとの3人の言葉は互いを認め合い尊敬し合う、そんな卓球ジャパン女子のお話でした。