池田菊苗 うま味の素「グルタミン酸」発見 清水洋美

2021年3月 初版第1刷発行

 

東京大学理学部化学科を卒業後、大学院に入るも退学して、高等師範学校の教師を務めた後、32歳で東京帝国大学助教授となり、35歳でドイツへ留学し、後にノーベル賞を受賞するストワルド教授に師事する。37歳でロンドンで夏目漱石と同じ下宿で暮らし、半年足らずで帰国した後、東京大学教授に。44歳でグルタミン酸の結晶抽出に成功し特許を取得。45歳で味の素が一般販売される。53歳で理化学研究所の化学部長に就任し、59歳で東京大学教授を退職。60歳でドイツに再度わたり、オストワルドと再会。67歳で帰国し、71歳で腸閉塞で急逝。

下宿先での夏目漱石とのやり取りが印象深い。特に漱石が「きみにはいろいろ世話になった。きみの話におおいに刺激を受けて、ぼくもどっしりとした研究をやろうと、心に決めた。ぼくが感銘を受けた詩や小説を言語から分析して、文学とはなんなのか考えようと思う。うまくいくか、わからないがね。そのためにもっぱら科学の本を読んで、分析の手法を学んでいるところだ」「きみは、とほうもなく広がる物質の世界を、いかにもたしかな足取りで歩いているように見える。ぼくときたら、膨大な本と言葉の海で、今にもおぼれそうな気持だ」というと、池田が「海ではなく森だと考えたらどうだ。森を歩くとき、木の一本一本を知らなくても、道があれば歩けるだろう?同じようにしたらいいんだ。詩や小説の一言一句や、作品の一つ一つを細部までとらえてから始めようと思わず、その森を通る道をおぼえることから始めるんだ。道によって作品は区分けされて、それぞれのグループのつながりが見えてくる。おもな道さえわかっていれば、ときどき道からはずれて木々の中に入って、おのおのにちうてくわしく知ることもできる。そんなふうに深めていけばいい」と。「道の始まりは、どうしたら見つかる」と尋ねる漱石に、池田は「きみはもうすでに、何度もその森に入って歩きまわっているだろう。足あとの重なったところが、道になっていく。先人たちの足あとが作った小道だってあるはずだ」と答える。そして「オストワルド先生の受け売りさ。化学を学ぶのは、森の中をさんぽするように楽しいことだと、先生は言ってたよ」とも。

この時代の東京大学には、それにしても近代日本を築かんとする情熱と知性と高い志をもった若者が何と多かったんだろう。そんな時代状況に思いを馳せながら、今の時代に生きる私たちは今の時代だからこそ学ぶべき友・師・書を探し出し、これからも大いに学び続けたいと思う。