小さき者へ 生れ出づる悩み 有島武郎

昭和30年1月30日発行 昭和55年2月10日49刷改版 昭和57年6月5日54刷

 

裏表紙に「妻を失い、新しく芸術に生きようとする作家の覚悟と、残された小さき者たちに歴史の未来をたくそうとする父性愛にあふれたある夜の感想を綴る『小さき者へ』」と。

6歳、5歳、4歳の3人の幼子を残して、母親が結核にかかり、亡くなってしまう。そんな幼子に対し、父親が母の死を乗り越えていけ、父をも乗り越えていけ、という思いが綴られた小説。母親は当初病名を聞かされず、聞かされた後は幼子とも接触を絶たなければならなくなった。その母親の心境はいかばかりかと思うが、母親に焦点を当てることなく、そのような不幸な運命に直面した幼子に対し、父親が愛情込めた言葉がひたすら綴られている。その末尾は、「小さき者よ。不幸なそして同時に幸福なお前たちの父と母との祝福を胸にしめて人の世の旅に登れ。前途は遠い。そして暗い。然し恐れてはならぬ。恐れない者の前に道は開ける。行け。勇んで。小さき者よ」で結ばれている。

有島の文章は少々センチメンタルちっくのような気がするが、切々とわが子に届けとばかりに自らの心情を書き連ね、いつかこの父親の文章を子供たちが読んだ時に大きく成長してほしいとの期待がひたむきに真直ぐに伝えようとしているのには共感が持てる。昨今、こういう文章を余り読んでいなかったように思う。