燃えよ剣(上) 司馬遼太郎

昭和47年5月30日発行 平成19年1月20日96刷改版 平成31年2月25日120刷

 

 表紙裏に「俺は今日から武士になるー。幕末の激動期、武州多摩のバラガキだった土方歳三は、近藤勇沖田総司らとともに、京へ上る。京都守護職御預の名のもと、『新選組』を結成、池田屋事件などで、世にその名を轟かせていく。しかし薩長同盟成立で、時流は一気に倒幕へ。最後まで夢と信念を貫き、土方は江戸、会津、函館へ向かう。剣ひとすじに生きた男の苛烈な生涯を描く、国民的ベストセラー!」とある。

 著者はあとがきで「歳三は、それまでの日本人になかった組織というあたらしい感覚をもっていた男で、それを具体的に作品にしたのが新選組であったように思われる。その意味だけでいえば、文化史的な仕事を、この男の情熱と才能はなしとげたのではないか」と綴っている。原田眞人の「解説―そびえ立つ歴史的遺産『燃えよ剣』を映画化して」では、50代になって「燃えよ剣」を読み返して本当に好きになった、池田屋事件は徹底的にリサーチし虚実を混在させ映画の大きな見せ場に仕上げたとのこと。

 土方歳三近藤勇沖田総司の陰に隠れていた副長土方歳三を中心に据えて土方を前面に立てた司馬遼太郎の舌鋒は鋭い。歴史物はこれまで吉川英治の方が好きだったが、この「燃えよ剣」で一気に司馬遼太郎ファンになった。中でも50か条程もある隊律の草案を土方が作成し、沖田と掛け合いをしていた場面は非常に勉強になった。土方はこれを5か条に絞ると言い、「一、士道に背くまじきこと」、「一、局を脱することを許さず」、「一、勝手に金策すべからず」、「一、勝手に訴訟取扱うべからず」、「一、私の闘争をゆるさず」。右条々相背き候者は切腹申しつくべく候也。しかも細則の中に「もし隊士が、公務によらずして町で隊外の者と争い敵と刃をかわし、敵を傷つけ、しかも仕止めきらずに逃がした場合、切腹」との下りを読んで沖田がさすがに酷だというが、土方は意にとめない。なぜなら従わない者は切腹しか選択肢が遺されていないからだ。芹沢(最初の裏切り者)、山南(総長)、伊東甲子太郎(参謀)への土方の対応を見ていると、新選組の中で土方こそが新選組という組織を強化することにのみ意を尽くし、またそこに向けて自らの限定的な才能を如何なく発揮するために自分らしさを追求し抜く姿にある種の畏敬の念を感じる人が多いのではなかろうか。下巻も楽しみである。