新ヘッセ詩集 高橋健二訳

昭和38年5月31日初版発行 平成1年3月10日28刷発行

 

第1部 生命の木から -妻ニノンのためにー

 霧の中

  不思議だ、霧の中を歩くのは!

  どの茂みも石も孤独だ。

  どの木にも他の木は見えない。

  みんなひとりぼっちだ。

 

  私の生活がまだ明るかったころ、

  私にとって世界は友だちにあふれていた。

  いま、霧がおりると、

  だれももう見えない。

 

  ほんとうに、自分をすべてのものから

  逆らいようもなく、そっとへだてる

  暗さを知らないものは、

  賢くはないのだ。

 

  不思議だ、霧の中を歩くのは!

  人生とは孤独であることだ。

  だれも他の人をしらない。

  みんなひとりぼっちだ。

 

ことわざ

 だからお前はすべてのものの

  兄弟姉妹にならなければならない、

  ものとお前がすっかり溶け合って、

  自分のものと、ひとのものとを分かたなくなるように、

  星ひとつ、木の葉ひとつが落ちてもー

  お前が一しょに滅びるようでなければならない!

  そうなったら、お前もすべてのものと一しょに、

  あらゆる時によみがえるだろう。  

 

 独り 

 地上には

 大小の道がたくさん通じている。

 しかし、みな

 目ざすところは同じだ。

 

 馬で行くことも、車で行くこともできる。

 だが、最後の一歩は

 自分ひとりで歩かなければならない。

 

 だからどんなつらいことでも

 ひとりでするということにまさる

 知恵もなければ

 能力もない。

 

 平和―1914年10月―

  ・・

  それがいつ来るか、ひとりとして知らない。

  だれもがその日をあふれる願いをもって待ちこがれている。

 

  いつの日か、歓喜して迎えよう、

  最初の平和の夜を、

  やさしい星を、お前がいよいよ

  最後の戦闘の砲煙の上に現れたら。

 

  夜ごと夜ごと私の夢は

  お前のほうを見あげる。

  焦燥に駆られた希望は、はやくも

  胸おどらえながら、木から黄金の実を摘む。

 

  いつの日か歓喜して迎えよう。

  血と苦しみの中から

  お前がこの世の空に現われ、

  別な未来の朝焼けとなったら!

 

 困難な時期にある友だちたちに

  この暗い時期にも、

  いとしい友よ、私のことばを容れよ。

  人生を明るいと思う時も、暗いと思う時も、

  私は決して人生をののしるまい。

 

  日の輝きと暴風雨とは

  同じ空の違った表情に過ぎない。

  運命は、甘いものにせよ、にがいものにせよ、

  好ましい糧として役立てよう。

 

  魂は、曲がりくねった小道を行く。

  魂のことばを読むことを学びたまえ!

  今日、魂にとって苦悩であったものを、

  明日はもう魂は恵みとしてたたえる。

 

  未熟なものだけが死ぬ。

  他のものには神性がが教えようとする。

  低いものからも、高いものからも、

  魂のこもった心を養うために。

 

  あの最後の段階に達して初めて、

  私たちは自己に安らいを与えることができる。

  その境に到って、父に呼ばれつつ

  早くも天を見ることができる。

 

第2部 花咲く枝から -姉アデーレにささげるー

(略)

 

ことば

 世界は、ことば、啓二、精神を求めて戦い、

 人間の口びるから永遠の経験を明るく告げる。

 生あるものはみなことばにあこがれる。

 私たちの穏微な努力は

 ことばと数、色と線と音の中にあらわれる。

 そして、意味のいよいよ高い玉座を築く。

 

 花の赤い色と青い色の中へ、

 詩人のことばの中へと、

 絶えず始まってけっして終わることのない

 創造の営みが、内部へ向かう。

 ことばと音の結びつくところ、

 歌のひびくところ、芸術の花ひらくところでは、

 必ず世界の意味、

 全存在の意味が新たにかたちづくられる。

 どの歌も、どの本も、

 どの絵も、みな示現であり、

 命の統一を実現しようとする

 新しい、千番めの試みである。

 この統一をきわめるように

 詩と音楽は君たちを誘う。

 万象の多様さを理解するには、

 ただ一ど鏡に照らしてみることで足りる。

 私たちの出くわす混乱したものは、

 詩の中で明らかに単純になる。

 花は笑い、雲は雨を降らす。

 世界は意味を持ち、無言なものが語る。

 

(以上が、私が気に入った詩の一節)

ヘッセは4歳のころから歌のようなものを作り、85歳で死ぬ前日まで詩稿を練っていたらしい。あとがきによると、ヘッセは、何よりも、ことばの芸術家であった、とあるが、本当にその通りだ。