バイロン詩集 阿部知二訳

昭和38年11月20日初版発行 昭和61年3月31日26版発行

 

ハロルドの旅

 フロレンスに

   6

  ことばを許せよ、いかに君を傷つけるかを

  知りながらのこの一言をゆるせよ

  君の心のなかに生きることのかなわぬうえは

  君よ、信ぜよ、私が君の友なることを信ぜよ。

   7

  ああ、美しい流浪のひとよ、心こよなく冷い男も

  君を一眼みては、友とならずにおられようか

  人は、つねに、悩める美しい人をみては

  その友となることを願わずにはいなかった。

 

恋と悩み

 この悩ましき生身を、冷たきものの包むとき

   4

  愛、希望、憎しみ、怖れーその上に

  魂はただ感動もなき純粋のままに生きん

  時代は、1年のごとくみじかく流れゆき

  年は、ただ瞬間のごとくただよわん

  はるかに、はるかに、-翼もなく

  すべての上に、すべての中に、-思念は翳りて

  名もつけがたく、永劫なるもの

  死滅することも忘れはててあらん。

 

 私は世を愛しなかった

   2

  私は世を愛しなかった、世もまた私をー

  所詮、敵ならばいさぎよく袂を別とう

  だが私は信じたい、彼らには裏切られたが、

  真実ある言葉、欺きえぬ希望があり

  めぐみ深く、過失の穿を造らぬ美徳があると

  また、人の悲しみを心から悲しむものもおり

  一人か二人かは、見かけと変わらぬものもあり

  善とは名ばかりでなく、幸福とは夢でない、と。

 

追放者・英雄

愛の幻滅

  8

 あらゆる悲劇は、死をもって幕を閉じ

 あらゆる喜劇は、結婚とともに終る。

 そののちのことは、ともに、信心によるが

 作者たちも、その後のことは、悪口はいわぬことにするのは

 もしも、失敗れば、ともにひどく責められるからだ。

 それで、二つとも、坊さんか祈禱書かに任せておき

 死とか、奥方のことは、一切語らぬことにする。

 

宵の明星

  1

 宵の明星よ、お前のもたらすもののめでたさ

 うらぶれたものに故郷を、餓えたものに歓びを

 雛鳥には、親鳥のつばさの覆いを。

 疲れはてた牛には、憩いの小舎を。

 われらの炉辺にただよう平和なもののすべてが

 われらの家の、神の護りまもう麗しいもののすべてが

 お前のやすらかな面のうちに、よみがえってくる

 お前はまた、母のふところに、子供をかえす。

 

ロンドン生まれで貴族の子だったバイロン。激情と暗愁にこもごも身をまかせているうち悩みにたえかねたように旅に出た。放浪の歌、浪漫的な歌、奔放な想像力、風刺、色々な内容を占めている、というのが巻末の解説の要約。年代順にバイロン叙情詩鈔というべきものが訳された本書の中から、気に入った箇所を抜き書きしました。