ハイネ詩集 高安国世訳

昭和39年3月20日初版発行 昭和63年1月10日32版発行

 

北海

 夜 船艙で

  海には真珠があり、

  空には星がある。

  だがぼくの心、ぼくの心、

  ぼくの心には恋がある。

 

  海は大きく空は大きい。

  だがぼくの心はもっと大きい。

  そして真珠よりも星よりも

  もっと美しくぼくの恋は輝く。

 

  小さな、うら若い少女のおまえ、

  この大きなぼくの心に来ないか。

  ぼくの心も海も空も

  恋しさあまって消えて行く。

 

  美しき星の輝く

  真青な空の天蓋に

  ぼくは唇を押しつけたい、

  激しく口を押しつけて滅茶苦茶に泣いてみたい。

 

  あの星はぼくの恋人の眼、

  幾千となくきらめいて、

  やさしく物を言いかける、

  真青の空の天蓋から。

 

  真青の空の天蓋へ、

  恋しい人の眼に向い、

  祈りたいような気持で腕ひろげ

  ぼくは切なく呼びかける。

 

  やさしい眼、めぐみの光、

  どうかぼくの心を喜ばしておくれ、

  死なせておくれ、そうしておまえと

  おまえのその空をそっくりぼくにおくれ。

 

  あの高みの、空の眼から

  金の花火がふるえて落ちる、

  夜空を切って。するとぼくの心は

  愛の思いにひろくひろく開けてくる。

 

  おお、おまえたち、空の眼よ、

  いいだけぼくの心へ泣くがよい、

  明るい星の涙で

  ぼくの心があふれ出すまで。

 

  海の波に揺られ

  夢みる想いに揺られ、

  ぼくはじっと船室の

  暗い隅っこのベッドにねている。

 

  あいた窓から

  高く高く明るい星が見える、

  あれはぼくの恋人の

  なつかしい、やさしい眼。

 

  なつかしい、やさしい眼は

  頭上からじっとぼくを見守って

  きらきらと何か招くよう、

  真青のあの天蓋から。

 

  真青のその天蓋をうっとりと

  いつまでもいつまでもぼくは見ている。

  と、とうとう白い霧のヴェールが

  なつかしい服を隠してしまった。

 

  ぼくの夢見心地の頭をもたせている

  船の板壁に

  波が打ちあたる、荒々しい波が。

  波はざわざわ、

  ぼくの耳にそっとつぶやく、

  「おばかさんだな、

  おばかさんだな、

  おまえの腕は短く天は高い、

  それに星は皆黄金の釘で

  しっかりあそこに留めてあるんだー

  あだな望みさ、あだな吐息さ、

  眠っちゃうのが一番さ。」

 

  広い荒野の夢をみた、

  いちめんに静かな白い雪に蔽われ、

  その白い雪に埋もれ、

  ほくひとり冷たい死の眠りを眠っていた。

 

  しかし暗い空の彼方から

  星の眼がぼくの墓を見下ろしていた。

  美しい眼、それは勝ち誇ったように

  落付いてはればれと、だが愛情満ちて光っていた。

 

時事歌 

 傾向

  ドイツの歌びとよ、うたえ、たたえよ

  ドイツの自由を。おまえの歌が

  ぼくたちの魂を魅了するように、

  そうしてマルセエーズの旋律で

  ぼくたちを行為へと奮い立たせるように。

 

  もはや、ロッテひとりに熱をあげた

  ヴェルテルのゆな甘いくり言はやめよー

  警鐘の告げたことを

  おまえの国民に告げ知らすべきだ、

  剣をうたえ、刀をうたえ。

 

  もはや柔弱な笛の音となるな、

  牧歌的な情緒はやめよー

  祖国の高らかなラッパとなれ、

  火筒となれ、砲となれ、

  吹き鳴らせ、打ち鳴らせ、轟け、殺せ!

 

  吹き鳴らせ、打ち鳴らせ、轟け、日毎、

  圧制者が最後の1人まで逃げ去るまでー

  こういう報告でのみうたうのだ。

  だがおまえの歌はできるだけ

  みんなに当てはまるようにうたうのだ。

  

 恋、愛の歌が圧倒的に多い。ここにあげた詩は少数だが必ずしもそうではない詩もあるという意味であげた。