D.H.ロレンス詩集 上田和夫訳

昭和40年5月5日初版発行 昭和53年3月15日10版発行

 

巻末の訳者解説によると、「詩人としてのロレンスの名声は、長らく小説化ロレンスという巨大な光芒のかげにくらまされて、その作品も、たんなる小説の補注や、伝記のインデックスとして認められていたにすぎない。ロレンスの驚くべき豊潤をほこる詩の世界がようやく人びとの心をとらえるようになったのは、第二次世界大戦後、それも最近のことであった」とある。

ロレンスといえば「チャタレイ夫人の恋人」の作者として著名だが、詩人でもあることを本書で初めて知った。本書掲載のうち、私が気になった作品は下記3つの詩である(抜粋)。

 

 

 聖母

・・・

いとしいひと おかあさん

あなたはぼくを二度産んでくれました

一度はあなたのおなかから おかあさん

一度はあなたのたましいから

あらゆる心にとらわれるなと ねえ

どんな心の入口にもとらわれるなと。

 

そして いとしいおかあさん

ぼくはあなたにいつもうそをいいません。

二度ぼくは生まれたのですね おかあさん

あなたのなかで 生と そして死と。

これからもぼくは

真実に生きます。

 

おかああん お別れのキスをします

これからは道がちがいます。

あなたは夜の時間の種です

ぼくは男です 未来の

骨の折れる土壌をたがやします

種をまくために。

 

おかあさん お別れのキスをします

もうこれで最後です。

おお あなたのように安らかに

棺のなかにやさしく静かにおれるものならば!

おお あなたをひとりに

しないですむならば おかあさん!

 

もうこれが最後の言葉でしょうか?

これがお別れのあいさつでしょうか?

あなたが亡くなられたいま

お別れする力をぼくにあたえてください。

ぼくは行かねばなりません。しかし ぼくの心は

力なく あなたの墓のそばにいます。

 

 

 第三のもの

 

水はH₂O、水素原子2つ、酸素原子1つから成る、

しかしそれを水にする、第3のものもある

それが何かはだれも知らない。

 

原子は二つのエネルギーを封じこめるが

それを一つの幻視にするのはこの第三のものだ。

 

 

 イチジク

・・・

こみいった、

内へめくれた、

すべて内へむかう、子宮のひだのような花もよう。

そしてただ一つの穴。

・・・

ただひとつの小さい入口、ひかりをきびしく遮断されているもの。

イチジク、変形し内にむかう、女性の秘密をひめた果実、

ひめやかな裸身をもった、地中海の果実、

いっさいが目にみえぬところで起こり、開花、受精、結実も

おまえの内なるおまえのなかで行われ、目は決してとどかぬだろう

やがてそれは終わる、そしておまえは熟れすぎ、破れて死ぬだろう。

・・・

熟したイチジクは長くもたない、どの土地でももたない。

それでは、世界中の女がみんな爆発して自己を主張し出したらどうか?

破れたイチジクはもたないであろうか?

                       サン・ジェルヴァシオ