梅干と日本刀 日本人の知恵と独創の歴史 樋口清之

平成2年4月5日初版第1刷発行 平成3年4月1日第3刷発行

 

帯封「『技術大国・日本の秘密を解明した名著』松本清張渡部昇一氏が絶賛!」

表紙裏「かつてない興味深い比較文化史 松本清張 畏友、樋口清之氏との電話では少なくとも30分はかかる。話題が次々と発展するからだ。私の知識源の重要な一つである。学術的な基盤に氏独自の発想があって、従来の説の盲点や不満を衝いている。本書は、われわれ身辺に材を採られているので、親しみがあると同時に、事物を見る目が新しくなり、観察が深くなる。一つの小さなものから、考古学の成果を聞かされ、古典に行楽させられる。いまだかつて、このように興味深い比較文化史は書かれていない。内容事項の豊富さは、一冊の本に詰めるのにはもったいないくらいだ」

裏表紙「日本人の“独創性”を指摘した名著 渡部昇一 外来のものに『触発』されて独自の改良を始めるところこそ、日本人の独創性であるー従来『サルマネ民族』と言われていた日本人の特色を最初に指摘されたのが、樋口清之先生であった。なるほど明治維新は、それまで白人の専有物と思われてきた欧米文明を有色人種もマネすることができると立証した、世界史上、特筆すべき事件だった。日本人のこの『独創』がなければ、いまだに世界は白人優位のままであったに違いなく、その功績はまことに大である。こうした日本人の独創性を、雄弁に、しかも親しみやすい例を挙げて説く本書こそ、現代の日本の繁栄を知るうえで不可欠の『名著』と言えよう」

裏表紙裏「開国以前の日本には西洋のような科学はなく、それゆえ当時の文化や伝統はすべて非科学的であって、価値が低いという見方は依然として根強い。だが、たとえば梅干ひとつを採りあげてみても、それが実は、合理精神に基づく『科学的食品』であったことに驚かされる。ただ、われわれの祖先がこういう知恵を、欧米人のように科学として体系化し、分析する道を選択しなかったにすぎないのである。このように、ある民族や文化を考える際に、別種の価値観を導入して、一方的に判断を下すことほど『非科学的』なことはない。世界中が日本を注目している今日、われわれも『日本人とは』、『日本とは』をふたたび問い直す必要があるのではと考えている」

 

確かに、これを読むと、日本人なら元気が出ること、請け合いである。代々の日本人は知恵の体系化はしてなかったけれども、いかに四季に富み環境に適合した知恵を発揮して生活してきたかがよくわかるし誇りを持つことができる。かなり古い書物だが、今一度、見直すべき価値のある一冊だと思う。

 

1章 日本には古来、すごい“科学”があった ―意識せずに、合理的な生活をしていた日本人

  ・関東の防風林に落葉高樹のケヤキを使うのは、夏は細かい葉がびっしり繁るから暴風に役立ち、冬には落葉のため日光を遮らないからである。

  ・信玄堤は、釜無川が絶えず氾濫するので、左右の堤防を切ってしまい、わざと水を流し、その外側に第二堤防を築き、分水してしまい、水流エネルギーを殺しながら、最後には富士川に流してしまう。

  ・三十三間堂は地盤を弾力性ある土壌で地盤を固めるので自然に逆らわない耐震構造を持ったため700年を超える歳月を耐えてきた。

  ・全長43キロある玉川上水は高低差100メートルで同じ流速で水を流すが、漏水止めが出来たのは粘土、砂利、塩のにがりを混和し凝固して漆喰状になった三和土(たたき)を用いたからである。

  ・地震があっても城の石垣が崩れないのは、下部に深い曲線を採り上部の重量を石垣の内側に分解しながら吸収してしまうからである。そのために隅には算木積みという長方形の石を両面から交互に指が入らないほど緻密に組み上げている。

  ・鉄の溶解点は1800度で、コークスなら1800度の熱を出せるが、これがない日本では、木炭で得られる1200度の熱量で世界一の利器・日本刀が誕生した。1200度なので不純物がたくさん入るためこの段階で鋼鉄の元の玉鋼(たまはがね)をつくり、もう一度木炭の中で半溶解して叩いて炭素を放出させて全体を均質になるように鍛える。さらに刃の部分に焼きを入れてこの部分だけ最も硬度の高いものとする。これにより刃のところだけ非常に硬質の刃物になり刀身全体は柔軟性のある柔らかさを保つという日本刀が出来上がる。

  ・何でも食べる悪食世界一の日本人、米偏重が生んだ日本人の食生活の知恵、日の丸弁当は超合理的な食品、サンマのはらわたは、なぜ貴重なのか?(カロリー価が高く多くの有機塩を含むから)、科学塩を使わず粗塩で成功した料亭“辻留”、信玄味噌が400年間の保存に耐えた理由、味の分類は西洋四味、中国五味、日本は六味、日本の料理学校は世界でもっとも古い、なぜ日本酒にかぎって、温めて飲むのか(防腐作用を持つ杉樽で保存された酒には揮発性の杉のフーゼル油が染み込むのでこれを揮発させるためである)、日本史は米をめぐって作られてきた、農民一人の可耕面積は、今も昔も一反半、基本尺度は聖徳太子の考案による、あらゆるものを肥料にした稲作の技術、収穫を比較的に高めた人糞肥料

 

2章 驚くべき“自然順応”の知恵―それは、日本人の鋭い観察力がもたらした

  ・平安時代に水虫はなかった(100年前に洋靴を穿き出してから拡がった水虫は、通気性・保温性を兼ねていた草鞋、ツナヌキを履いていた時分には縁がなかった)

・蓑は日本の風土に適したレインコート、タクワンはすぐれた消化促進食品

十二単は贅沢から生まれたのではなく、温度の急変が四季ごとに激しく起こる日本の風土から生み出されたもの。

・飢饉用の食糧として植えられた彼岸花、完全不消化食品のゴボウを野菜の一つとして食べるのは日本人だけだが、全身のコレストロール、無機水銀、PCBといった有害物を吸収し排泄する毒物排泄食品としてごぼうは最優秀である。五節句は農業スケジュールに合わせて作られたものであり、五節句の飲食物はすべて薬品である。

・『医方心』は陰陽調和の原則の発想から書かれており、今日の医学の構想と大差がない。数十年前にヴァン・デ・ヴェルデが前戯の重要さを説いたが、それより900以上前にできた『医心方』はこれにも懇切丁寧に書かれている(ちなみに48手でなく実用的な24種について述べている)

・ミリメートルの段差で灌漑した登呂の古代人。

 

3章 日本人は“独創性”に富んでいるー外来文化の“モノ真似上手”は、皮相な見方

  ・外来文化に触発されて新文化を築く。

  ・現在の着物は、最初に小袖を設け、袂が考案され、プロポーションのよくない体形を救うために胴を巻き付ける帯が生まれ、最後に帯の位置をあげ結び目を上に持ってくることで胴長短脚に見えない着物が完成した。そのうえで300年ほど前に結び目を後ろに回し

今日の和服が完成。この帯は内臓の働きに好影響をもたらした。

  ・畳はすぐれた保温性マットレス、日本的重曹生活の典型が“鵜飼い”、不美人(ブス)の語源はトリカブトの毒(トリカブトの毒は“付子”(ぶす)という)、輸入品を何でも太くしてしまう日本人(蕪、カボチャ、西瓜)、瓢箪は元来食用であった(干瓢の瓢は瓢箪の瓢)、日本は品種改良技術世界一。日本の家畜はすべて渡来種である。

 

4章 住みよい”人間関係“を作った日本人―日本こそ”女尊男卑“の国だった

  ・日本語の日常用語は世界一の14万語、人間関係をスムーズにしている敬語と卑語(答辞を読むとき「私たち卒業生は・・」と言ってはいけない、「たち」は女性語ではなく、公達のたちで敬語だからである。私ども卒業生は・・が正しい)、社会的地位よりも義理固さで人間を評価する、贈答思想は”義理人情”の変形、三行半を出すのはほとんど不可能だった、結納とは日本が女系社会だった名残り、家紋は帯の結び目に由来する、古代日本は女尊男卑だった、冠婚葬は村落共同体を再確認する儀式、飢饉・天災から日本人を守った儀式、女性を仕事から解放する目的もあった五節句、芸道で学ぶべきものは技術ではなく精神(茶道、華道、香道)、相撲は農作祈願の信仰から起こった、魂の再生を目的とした切腹の様式、売春婦の登場は平安時代だった、女78人に1人が娼婦だった江戸、村八分を非人道の極というのは間違い(断絶は十分(出産・成人・結婚・葬式・法事・病気・火事・水害・旅立ち・普請)ではない。葬式と火事は除かれている。絶縁しても悲しい出来事だけは分かち合うというのが村八分である)、近代思想の悪の根元はエゴイズム

 

小項目だけで意味がある程度わかるものは小項目を列挙するにとどめたが、中身に触れた方がわかりやすいものはある程度要約してみた。ともあれ日本人論として大変面白い読み物だと思う。