名画に隠された「二重の謎」-印象派が「事件」だった時代 三浦篤

2012年12月8日初版第1刷発行

 

帯封「名画の陰に事件あり! 『まなざしの達人』が挑む、19世紀末、芸術の都パリを震撼させた『二重の謎』の真実とは? 『容疑者』は、ゴッホやマネ、ドガセザンヌらの巨匠たち!」

表紙裏「『見ることの専門家』である『わたし』が美術館でみつけた、名画に残された『事件』の痕跡。その小さな痕跡を探ってゆくと、大きな謎の存在が明らかになる・・・。19世紀松、芸術の都パリを震撼させた『二重の謎』が、いま白日の下にさらされる。共謀したのはゴッホゴヤドガセザンヌなどの巨匠たち。西洋近代絵画に起こった一連の『変革』について、推理小説仕立てで描き出す、新しいスタイルの美術入門書。美麗な図版と貴重な部分図、満載!」

 

はじめに 美術史家の眼が捉えた絵画の「謎」―芸術の神は細部に宿る

第1章 謎は細部に宿る

    ケース1-1 マネのためらい ― 「残された二つの署名」事件

    ケース1-2 アングルの予言 ― 「ヴィーナスの二本の左腕」事件

    ケース1-3 クールベの告白 ― 「二人の少年の冒険」事件

第2章 映し出された謎

    ケース2-1 ドガの情念 ― 「見捨てられた人形」事件

    ケース2-2 「鏡の間の裸婦」事件

    ケース2-3 「闇に向かって開かれた窓」事件

第3章 名画の周辺に隠された謎

    ケース3-1 ゴッホの日本語 - 「右腕」と「左腕」事件

    ケース3-2 スーラの額縁 - 「内側」と「外側」事件

    ケース3-3 セザンヌの椅子 - 「右側」と「左側」事件再び

大円団 絵画に目覚めた絵画

あとがき

 

上記「大円団」に、本書の内容はコンパクトにまとめられている。

「第1章では、オルセー美術館の作品に「二重の謎」を見出し、解き明かそうとした。二次元の平面上に三次元の空間を巧みに表わすのが伝統的な絵画であったが、絵は最終的に平面的なイメージでしかないと思い定めたのがマネである。《笛吹き》では、前代未聞の絵画に挑んだ画家における空間と平面の葛藤が、異例の二つの署名を通して浮かび上がった。19世紀前半の画家アングルを取り上げたのは、《パフォスのヴィーナス》の日本の腕に表われた、形態を自由にデフォルメ、コラージュする造形意識が驚くほど先駆的であるからだ。アングルは、マネ、セザンヌピカソにつながる画家と言ってよい。クールベの《画家のアトリエ》は、伝統的な歴史画を揺るがした問題作。目立たない二人の少年こそ、無垢や素朴さといった新しい美意識を体現し、絵画の未来を予告している。

第2章においては、画中画、鏡、窓という三つのモティーフを扱った。いずれもイメージの重層性に関わり、絵画の虚構性や人工性をモティーフにほかならない。画中画にこだわるドガの《男とマネキン人形》は文字通り謎めいた作品で、芸術家という存在への認識や問いかけが含まれていることを指摘した。鏡を偏愛するボナールの《逆光の裸婦》は鏡像が乱反射するような作品。現実を映し出す鏡がいかに虚構性を帯び、イメージの多様性を示唆するのかが見どころであった。マティスの《コリウールのフランス窓》は捉え方が難しい。内と外をつなぐ境界として窓のモティーフを捉えるならば、この黒い窓には、マネの《バルコニー》に触発されつつ、戦争という非人間的な状況に反応した画家の思いや立場がうかがわれるのかもしれない。

第3章で着目したのは、言わば『周縁的』なもの。ゴッホによる広重の浮世絵版画の模写は、単なる模写を超えた絵と文字の合成作品であった。周囲の枠に描き込まれた日本の文字の選択や配列を検討すると、ゴッホの異文化への興味のみならず、逆説的に西洋画家としての感性も読み取れるのが興味深い。《グランド・ジャッド島の日曜日の午後》を起点にして、絵画の枠取りに固執するスーラの作品を検討すると、実に多様な手法が観察される。額縁との境界が揺れ動くことで、絵画の枠組み自体が変わってくるのが面白い。セザンヌの《カード遊びをする人々》における発見は、二人の男が座る椅子の背であった。この周縁的なモティーフを手がかりに絵を丹念に分析していくと、セザンヌ作品の奥深さが明らかになる。画家自身の感覚を実現するために色と形を練り上げていくそのプロセスは、息詰まるような造形のドラマそのものであった」

 

本書の内容を丹念に読んだうえで、上記まとめ的な文章を目にすると、著者が目次に示したようなそれぞれの謎を、著者の観察眼から一定の推測を行い、それなりに頷ける結論が導き出されているので、推理小説さながらの面白さがこの本にはあるように思う。