人生論 トルストイ 米川和夫訳

昭和33年12月10日初版発行 昭和40年3月20日18刷発行

 

あとがきによると、この『人生論』は本国では発行禁止にされ、1887年ジュネーブで発表され、初めてロシアで出版されたのはそれから約20年後の1906年とのこと。「そこに説かれている思想は、せんじつめれば、愛の一語に尽きる。つまり、人間は、肉体と肉体にやどる動物的な意識を理性に従属させること、いいかえれば、自我を否定して愛に生きることによって、同胞あいはむ生存競争の悲劇から救われるばかりか、死の恐怖からも救われる。なぜなら、そのとき、個人の生命は全体の生命のうちにとけこんで、永遠の生命をうけるからだというのである」

 

三 学者のあやまち

 現在、信仰されている宗教は、実のところ、けっして千種類もあるのではなくて、ただの三つきり、つまり、中国の宗教と、インドの宗教と、ユダヤキリスト教マホメット教という派生もふくんでいるのだが)だけしかないのである。しかも、こうした宗教の本は五ルーブルもだせば買えるし、二週間もあれば読めるうえ、むかしもいまも人類ぜんたいの生活の規範となるこういう本のうちには、ほとんど目につかない7パーセントほどの例外をのぞくと、人類のあらゆる知恵、人類を今日あるようなものにしたててきたいっさいのものがこめられているのである。こんな事実になど現代の人々は考えも及ぶまい。

 しかし、一般の民衆がこうした教えを知らないばかりか、学者たちにしたところで、特別な専門家ででもないかぎり、なんの知識ももってはいない。本職の哲学者がそういった本に目をとおす必要をまったく認めていないのである。・・・

 目に見えるものは自分のまえにあるものを、目で見て、理解し判断するけれども、めくらは自分のまえを杖でさぐって、杖に手ごたえのあったもの以外は、なにもないと断言しがちなものである。

 

 まだまだ引用すべき箇所はたくさんあるが、おいおい補充していこうと思う。