堀口大學詩集 那珂太郎編

昭和42年7月5日初版発行 昭和51年12月10日6版発行

 

巻末の編者解説によると、堀口の業績として現代フランス文学について150冊に及ぶ訳業があり、フランスの新文学を発見移植した炯眼もさることながら、当意即妙、新鮮無比の日本語として再創造されたればこそ、あれだけの影響力を持ち得た、これらの訳業の真価は新しい言語表現の開発者としての詩才にあった。軽妙な機智と、清新な感覚、これら知性と感性との一致による簡勁瀟酒な詩風は、在来の日本詩界にかつてない言語美の可能性をひらくものとなった。堀口氏が、これまでの日本詩界のくそまじめな倫理主義と陰湿な感傷主義とを二つながら打破して、新しい詩的領域を開いた功績はまことに大きい。氏における機智はするどくても、けっして冷たいシニシズムに陥ることはなく、つねにあたたかい体温をかよわせている。このことばをこよなく愛しむ詩人は、同時に人間をこよなく愛しむ詩人だからである。とある。

 

水の面に書きて

 

 水の面に書く

 

言葉は美しい。

そして凡の美しいもののやうに

言葉は生命短かく死に易い。

言葉は語られる間は生きてゐる

然し語られ終った言葉は死んでゐる。

言葉はこのやうに死に易い。

 

言葉は太陽の光のやうに

空気のやうに 時間のやうに

この世の中の凡のもののやうに流動する

これが言葉の本然だ。

 

由来言葉は

語らられる為であって

文字で書かれる為ではない

文字は言葉を囚人にする

文字は言葉の牢獄だ

文字は言葉を木乃伊にする

文字は言葉の墓穴だ

紙の上に書かれる時に

美しい言葉は化石して

冷たくそこに凍りついてしまふ

文字は言葉の棺桶だ。

 

詩が心の中に生れる時には

美しい言葉で生れて来るやうだ

私はそれをがらくたな形象文字で

紙の上に書きつける

死に易い言葉が何でも堪へ得よう

詩は失はれてしまったのだ。

ああ 私には文字も亦

馬鹿らしい人間の発明の一つとしか思はれぬ。

 

然し悲しい事には 私にとって

文字はのがるる術のない宿命だ

それでせめてもの慰めに

それ等がとどこほらぬ為に

私は今このやうに私の歌を

水の面に書いては流す・・・。

 

人間の歌

 

  石

―杵渕彦太郎氏に 君、石を愛し給へば。

 

 石は黙ってものを言ふ。

 直かに心にものを言ふ。

 

 雨には濡れて日に乾き

 石は百年易らない。

 

 流れる水にさからって

 石は千年動かない。

 

夕の紅

 エロスの詩法

 お手で口説くのよ

 

  本能進化

 おいしいから食べるのよ

 美しいから着飾るの

 好きだからいやと言うのよ

 いやだからうんと言ふのよ

 

 梛の庭

 

渚の家の

梛の庭

 

嵐のあした

 凪の宵

 

 渚の家で

 聞きなれた

 

 海の沈黙

 海の声

 

 人の 心の

 凪 嵐

 

  酒のいろいろ

 シャンパンは口説酒

 シャルトルーズはお床入り

 お床の(男の)中の男です

 この一言に嘘はない