哲学と宗教全史 出口治明

2019年8月7日第1刷発行 2019年9月30日第3刷発行

 

帯封「3000年の本物の教養を一冊に凝縮 世界史を背骨に日本人が最も苦手とする『哲学と宗教』を現代の知の巨人が初めて解説! 初心者でも知の大都市で路頭に迷わないよう、周到にデザインされ、読者を思索の快楽へと誘う。世界でも選ばれた人にしか書けない稀有な本 池谷裕二氏(脳研究者・東京大学教授)絶賛! 本書を読まなくても単位を落とすことはありませんが、よりよく生きるために必要な大切なものを落とす可能性はあります 宮部みゆき氏推薦!」

表紙裏「還暦で世界初のインターネット生保(ライフネット生命)を立ち上げ、古希で日本初の学長国際公募により立命館アジア太平洋大学学長に就任した稀代の読書家が、古代ギリシャから現代まで100点以上の哲学者・宗教家の肖像を用いて日本人最大の弱点、『哲学と宗教』の全史を体系的に語る。

 

本年最初の最優良書です。めちゃくちゃ面白い。あちこち知識がバラバラになっていたのを総統合するのに最適の一緒でした。以下は、私なりのというか私にとって必要な要約です。著者の思惑とは全く関係がないことをお断りしておきます。

 

火を信仰し善悪二元論ゾロアスター教から、ユダヤ教キリスト教イスラーム教が誕生。

ゾロアスターをドイツ語でツァラトゥストラというが、ゾロアスター教と関係はない。

世界の構造を探求した初期の哲学者(イオニア派でアルケーを水と考えたタレス。万物は流転するといったヘラクレイトスアルケーはアトムであると考えたデモクリトス、自然哲学者ではないが、アルケーは数であると考えたピュタゴラス)に対し、人間の内面に思索の糸を下したソクラテス、二元論・輪廻転生・イデア論哲人政治を理想とした観念論のブラトン、万学の祖といわれた経験論を大切にしたアリストテレス(ニコマコス倫理学で提示した中庸は英語でgolden mean、ギリシャ語でメソテース)。

知の爆発時代に誕生した、孔子墨子ブッダマハーヴィーラ。『真理のことば(ダンマ・パタ)』は世界的に愛読されているとのこと(早速読んでみよう)。

ヘレニズム時代は①アカデメイア②リュケイオン③エピクロス派(快楽=心の平静)④ストア派(徳・ア知恵・イ勇気・ウ正義・エ節制)。キケロマルクス・アウレリウスストア派の考えに立つ。ストア派カルヴァン派は似ている。

春秋時代の後に迎えた戦国時代に登場した孟子易姓革命論とルソーの社会契約説は類似している(ルソーの一般意思と孟子の天命という考え方は社会秩序を守る行動基準として類似)。中国社会が安定したのは、韓非の法家思想を基軸に、一般民衆は建前としての儒教の教えに従い、無法者は法で裁かれ、法家や儒家が真面目過ぎてバカバカしいと思う知識階級には老荘思想があったから。

バビロン捕囚からエルサレムに帰った祭司階級を中心とするユダヤの人々がアイデンティティを確認するために旧約聖書を作った。

上座部と大衆部に分裂したのはお金を受取るか否かで論争があったから(上座部は拒否し大衆部は肯定した)。アショカ王による仏教の教義を政治の指針とし仏教が発展し第3回仏典結集が行われたのが史実かどうかは定かではない。

ギリシア哲学と原始仏教接触を示す『ミリンダ王の問い』は、ヘレニズム時代に、豊かな東方文化とギリシア人が融合させた記録である。

新約聖書は27文書で構成されている(4つの福音書(マタイ、マルコ、ルカ、ヨハネ)・使徒言行録・パウロの書簡をはじめとする21の書簡・黙示録)。

三位一体説とは父なる神と子なるイエス聖霊、この3つの位格(ペルソナ)はすべて一体で神であるという考え方。

大乗経典は①般若経法華経浄土三部経華厳経の4つのグループに分けられる。大乗仏教を学ぶには、中村元『大乗の教え〈仏典をよむ〉3』(前田專學監修、岩波現代文庫、全2冊)がよい。

哲学的思考をキリスト教の正統性を論証するために発展させた「教父哲学」の人、アウグスティヌス

イスラームについて理解を深めたいなら、カレン・アームストロングの『ムハマンドー世界を変えた預言者の生涯』(徳永里砂訳、国書刊行会)、『イスラームの歴史-1400年の軌跡』(小林朋則訳、中公新書)がお勧め。イスラームではイエスもムハマンドの前に登場した一人の予言者として人間として位置づけられ、ムハマンドも人間。クルアーン1冊、ハディース6冊が聖典シーア派はこれに4冊のハディースを完成させて聖典としている。司祭や僧がいない。六信五行(神アッラーフ・天使ガブリエル・啓典クルアーン預言者ムハマンド・来世・定命)を信じ、信仰告白・礼拝・喜捨・断食・巡礼の五行の戒律がある。イランにイマーム最後の審判の日に姿を現わすとされる12代のイマームが出現するまで徳を積んだお坊さんが代理となる)としてハーメネイー師がいるが、派閥対立があるだけでスンナ派と教義対立があるわけではない。ジハードとは寛容と慈悲の世界を実現するための、個々人の内なる聖戦、自分自身との闘争を意味するもので、戦闘行為を重視しているのではない。

ローマ皇帝ユスティニアヌス1世は529年、アカデメイアとリュケイオンを閉鎖する。第7代カリフのマアムーンがギシリャ・ローマの古典の一大翻訳運動を開始。イブン・スィーナーとイブン・ルシュドの2人以外にもムスリムの多くの学者がギリシャ哲学を学び、哲学と宗教を融合させた。

アカデメイア・リュケイオン閉鎖後、500年の歳月を経てプラトンアリストテレスの著作がラテン語に翻訳されて復活し、ヨーロッパではスコラ哲学が盛んになる。トマス・アクィナスギリシャ哲学やイブン・スィーナー・イブン・ルシュドの著作を読み込み、神の存在を宇宙論的に証明した。12世紀ルネサンス命名したのは20世紀の歴史学者チャールズ・ホーマー・はスキンズ。

性即理から理気二元論を確立した朱子は知先行後を、心即理を説いた王守仁(陽明)は知行合一を主張した。

モラリストの先駆者であるモンテーニュ『エセー』、パスカル。聖書に戻れと主張したルターが登場するのと同じ時期に予定説を唱えたカルヴァンが登場。カルヴァン派はフランスではユグノーイングランドではピューリタンと呼ばれた。ローマ教会は対抗宗教改革に立ち上がり再生のためにイエズス会を結成。帰納法(induction)は事実から法則を導き出す推論の方法でベーコンにより体系づけられたが、ここには神が介在する隙間がないことから近代化学の方法論の誕生とされる。これに始まるイングランドの哲学の流れは経験論と呼ばれる。ベーコンはシェイクスピアの本名という説もあるらしい。経験論を発展させロックは社会契約説を展開し自由主義・民主主義の父となる。ヒュームは経験論を大成させた。

演繹法に重きを置いた大陸の合理論の先駆者である「われ思う、ゆえにわれあり」といったデカルトは神の存在を証明した。ただデカルト心身二元論に対してはスピノザが神即自然の汎神論的一元論で反論し、更にライプニッツが多元論を唱える。

著者はアメリカとフランスを人工国家という(1848年革命によってフランスから王家が追放され共和国となったから)。コモン・センスを著わしたトマス・ペインと「保守主義の聖書」と呼ばれる『フランス革命省察』を著わしたエドマンド・バーグは激しく対立。保守と革新というイデオロギーが初めて対立。ナポレオンによりトマス・ペインとアダム・スミスが考えたことが統合・実現され近代への窓が開かれる。

カントは大陸合理論とイングランドの経験論を統一しようとし、人間の認識方法は「感性」(認識能力)と「悟性」(理解力)の二つで完成されると考えた。カントは自然界には自然法則があり、人間界には道徳法則があると主張し、自立を達成したとき人間の信念は道徳法則と一体となると考えた。そして自律した人間のことを人格と呼び、自律した人格が集まれば理想社会が実現できると考えた。

著者は、キルケゴールはカントを批判的に継承したとされるヘーゲルの長男、マルクスを次男、ニーチェを三男と位置付けたいとし、長男キルケゴール実存主義ヘーゲルの絶対精神を批判し、優先されるべきは全体的な進歩ではなく主体的な「実存」の在り方を強調)を主張し、次男マルクスヘーゲルの「絶対精神」を「生産力」と置き換え唯物史観を構築し、三男ニーチェは「神は死んだ」と言い切った(超人とは時間も歴史も進歩しない、そのような運命を正面から受け止めて頑張っていく強い人間のことである)。

無意識が人を動かすと考えたフロイトは、その無意識の領域を動かすのはリビドー(性的衝動を発動させる力)であり、キルケゴールニーチェの従弟のように思えると述べる。

20世紀の思想界に波紋の石を投げ込んだ5人として、記号言語学ソシュール(記号と意味と概念は別)、現象学フッサール分析哲学の代表といわれるウィトゲンシュタイン実存主義(実存は本質に先立つ)のサルトル構造主義レヴィ=ストロースサルトルを正面から否定し、社会の構造が人間の意識をつくる、完全な人間なんていない)をあげる。

最後のあとがきで、著者は、本質主義構造主義の間に学問的決着はついていないし、つけにくい、しかしニーチェのように強い意志で生きる人たちが巨人の肩の上に乗って21世紀の新しい時代を見通せる哲学や思想を生み出してくれるかもしれない、そういう意味で、今、次代の哲学や宗教の地平線の前に立っている、という言葉で締めくくっている。無茶苦茶かっこいいですよね。私も著者のように思索を重ねて、いつか私なりの、哲学と宗教、音楽と絵画、そして人間と宇宙というテーマで、本をぜひとも書いてみたい、と思います。そのためには、あと最低5年は、まだまだ学び続ける必要があると思っています。

本年最高の一冊でした。