いつまでもショパン 中山七里

2014年1月23日第1刷発行 2017年5月22日第6刷発行

 

裏表紙「難聴を患いながらも、ショパン・コンクールに出場するため、ポーランドに向かったピアニスト・岬洋介。しかし、コンサート会場で刑事が何者かに殺害され、遺体の手の指十本がすべて切り取られるという奇怪な事件に遭遇する。さらには会場周辺でテロが頻発し、世界的テロリスト・通称“ピアニスト”がワルシャワに潜伏しているという情報を得る。岬は、鋭い洞察力で殺害現場を検証していく!」

 

中山七里氏には、毎回、読後にきまって唸らされる。今回は、ポーランドショパンという作曲家がいかにこの国の骨髄を形成し、精神を形作っているかということへの深い理解を抜きには到底成り立ち得ない音楽ミステリーだ。しかも音楽にこそ人類の希望があるという力強いメッセージを発信し、読者にそれを染み込ませるのに成功しているのだから、この分野で希有な存在だと思う。今回の岬洋介のライバルとして登場する盲目のピアニスト榊場隆平は辻井伸行さんをモデルにしているように思われる。

 

さて、物語は、ポーランド大統領専用機が爆弾で墜落するところから始まり、爆弾作りのテロリスト「ピアニスト」の捜査に当たっていたポーランドの刑事がショパン・コンクール会場の控室で恐らくピアニストに辿り着いたために射殺された。岬や榊場だけでなく、もう一人の主人公は、ポーランドの音楽名門一家の子息ヤン・ステファンスだが、彼は幼い頃から父ヴィトルドからピアノの英才教育を受け、コンクールの審査員長カミンスキに師事し、ショパン・コンクールで優勝する使命を帯びて登場する。ヤンは伝統的な「ポーランドショパン」を大切にし、他国のコンテスタントを軽く見ていたが、次第に他国の演者の演奏を聴き成長していく。しかし、一方でテロリストの攻撃は続き、別のコンサート会場でも爆破が起こり、殺害された刑事の同僚も毒殺されてしまう。さらには公園に仕掛けた爆弾で大勢の人が命を奪われ、ヤンと岬の知り合いだった少女マリ―も足を捥がれて死んでしまった。恐怖が広がる中、審査員長のカミンスキは「暴力に屈しない」と表明して、コンクールを中止せず続行することをアピールする。本選でコンテスタントたちはそれぞれのショパンを紡ぎ出し、ひと皮むけたヤンが優勝を果たす。ここまでは岬の冴えわたる推理力が今回は全く描かれないので、いつもと違うなあとちょっと心配になるが、残り数十ページの展開は圧巻。

特に本選で突発性難聴の発作のため曲目を急遽ノクターンに切り替えた岬のピアノはアフガニスタンパキスタンとの国境付近で行われていた戦場に流れて大勢の人々の命を救いパキスタンの大統領が大型モニターに登場して岬に次の感謝の言葉を述べる場面は感動的だ。「君の奏でたノクターンで24人もの命が救われたのだ。審査委員たちが与えないのなら我々が君に感謝と栄誉を与えよう。本当にありがとう、ミサキ。君の音楽がいつまでのショパンの魂と共にあることを願う」。

ピアニストが誰かはここでは明かす必要もないだろう。ただ岬は早くから犯人にめぼしをつけ、ショパン・コンクールの授賞式と入賞者コンサートが行われる場所にポーランド大統領が登場したところで大統領を殺害しようとしてその場にいたピアニストを組み臥しテロを未然に防ぐ大活躍を見せる。岬の推理が語られる本作唯一の場面がここだ。少しもの足りなさを感じるとすれば、ピアニストがなぜテロ行為に走ったのか、その動機の描き方が必ずしも十分でないような気がしたので、その点はもう少し集めに描いても良かったかなと気がした。

いずれにしても、昨夜、ノクターンを聴きながら眠りに入った私としては、大変楽しめた作品であった。