ひとはなぜ戦争をするのか A・アインシュタイン S・フロイト 浅見昇吾訳

2016年6月10日第1刷発行

 

裏表紙「1932年、国際連盟アインシュタインに依頼した。『今の文明においてもっとも大事だと思われる事柄を、いちばん意見を交換したい相手と書簡を交わして下さい』。選んだ相手はフロイト、テーマは『戦争』だったー。宇宙と心、二つの闇に理を見出した二人が、人間の本性について真摯に語り合う。ひとはなぜ戦争をなくせるのか? (解説・養老孟司斎藤環)」

 

物理学者のアインシュタイン精神分析創始者フロイトの往復書簡があったこと自体、大変驚いた。正直、知らなかった。しかも、そこで取り上げられたテーマが、古くて新しい、しかも人類にとって難問かつ一番重要な問題だった。アインシュタインが選んだテーマは「人間を戦争というくびきから解き放つことはできるのか?」というものだった。当時、アインシュタインは53歳、フロイトは76歳で、どちらもユダヤ人。アインシュタインアメリカへ、フロイトはロンドンへ亡命していた。

アインシュタインは、すべての国家が一致協力して一つの機関を創り、この機関に国家間の問題についての立法と司法の権限を与え、国際的な紛争が生じたときにはこの機関に解決を委ね、個々の国に対してはこの機関の定めた法を守るよう義務づけ、紛争が起きたときは必ずこの機関に解決を任せ、その決定に全面的に従うようにする、そしてこの決定を実行に移すのに必要な措置を講ずるようにすることを提案している。しかし、現状ではこのような国際的な機関を設立することは困難だとも。アインシュタインは多くの人が平和を実現するために真摯な努力を続けてきたにもかかわらず平和が訪れないのは、人間の心自体に問題がある、人間の心のなかに平和への努力を抗う種々の力が働いていると考えざるを得ないと、人間には、憎悪に駆られ相手を絶滅させようとする本能的な欲求が潜んでいると考え、書簡の中で、「人間の心を特定の方向に導き、憎悪と破壊という心の病に冒されないようにすることはできるのか?」とフロイトに問いかける。

これに対し、フロイトは、権利(法)と暴力の関係に触れながら、精神分析の欲動理論を説明し、人間の欲動には、保持し統一しようとするエロス的欲動と、破壊し殺害しようとする欲動の二つがあり、後者を悪と決めつけがちだが、どちらの欲動も人間になくてはならないものである、どちらか一方を善、他方を悪とは決めつけられない。したがって、人間から攻撃的な性質を取り除くことなどできそうにもないと結論づけている。またフロイトは、私たち平和主義者はなぜ戦争に強い憤りを覚えるのか?と問題提起したうえで、私たち平和主義者は、体と心の奥底から戦争への憤りを覚えるとする。そして、「文化」の発展が人間の心のあり方に変化を引き起こすことは明らかで、この変化を引き起こしたものは究極的には心と体の全体の変化であり、心理学的な側面から眺めてみた場合、文化が生み出すもっとも顕著な現象は次の2つであるとする。一つは知性を強めることであり力が増した知性は欲動をコントロールしはじめる。2つ目は攻撃本能を内に向けることである。そして最後段落で、文化の発展が人間に押しつけたこうした心のあり方-これほど戦争というものと対立するものはなく、文化の発展を促せば戦争の終焉へ向けて歩み出すことができる!と結論づけている。

 

戦争を無くすためには、何より「文化の発展」こそが大事であるというフロイトの主張は、ある意味で、使い古された感があるものの、逆に新鮮味が感じられるところもある。よくよく吟味してみたい。