コルチャック先生 近藤康子

1995年6月20日第1刷発行 1996年4月18日第4刷発行

 

裏表紙「『私は子どもたちの父親なのです。私だけがどうして』自分だけにさしのべられた救いの手を拒絶し、教え子たちとともに死の収容所トレブリンカ行きの貨車へ…。ポーランドユダヤ人で『子どもの権利条約の精神的な父』と言われる教育家コルチャック(1878⁻1942)の壮絶な生涯と、その先駆的な人権思想を辿る。」

 

目次

序 章 トレブリンカ叛乱

第1章 ぼくはユダヤ人 ―コルチャック先生の前半生

第2章 黄金後クロフマルナ -二つの孤児院

第3章 子どもの自治 -ホームでの生活

第4章 コルチャックと人権思想 -「子どもの権利条約

第5章 暗雲 -第二次世界大戦前夜

第6章 ワルシャワ・ゲットー -マリンカの見た地獄の町

第7章 トレブリンカへ -ロムチアのほほえみ

終 章 コルチャックの森に立って

あとがき

 

・世界を改革するということは、教育を改革することだ。(『蝶の告白』1914年)

ポーランドの首都ワルシャワユダヤ人の子として1878年か79年7月22日にヘンルィク・ゴールドシュミットは生まれた。コルチャックはペンネーム。

・医者の道に進みながら創作活動を続ける。1900年、22才の時、ルポタージュ「ワルシャワの貧しさ」と評論「子どもと教育」を発表。その中に「子どもはひとりの人間として重んぜられるべき存在であり、これを見すごしてはならない」と述べている。

・家庭と学校が一つになった形、それに医療が加わり、一体となった孤児院をつくりたいと考えたコルチャックはワルシャワのクロフマルナ通り92番地にユダヤ人のための孤児院ドム・シェロットを誕生させ、次にポーランド人のための孤児院ナシュ・ドムを誕生させる。 

筆者は1994年にナシュ・ドムとドム・シェロットを訪ねている。

・未来の社会に希望が持てるとしたら、それは政治がよくなるなどということではなく、人間がよくなることだから。私が青年時代に書いた『蝶の告白』にまとめてありますが、世界を改革するのは教育を改革することなのです。子どもたちに無理に教えるのでなく、一人ひとりの個性を壊さないように、その子どもが向上していくことだと思います。

・子どもの自治を尊重したコルチャックは、「子どもの裁判」を重視した。毎日新聞1994年10月27日付にも「いじめ退治に『学校法廷』」というロンドンの記事が紹介された。人間はまちがいを犯すものであること、そしてまちがいを赦すことを強調している。何か悪いことをする背景をゆっくりと、真剣に聞いてあげるところに、赦し、赦される意味が生きてくる。

子どもの権利条約採択の70年前に、○子どもは要求する権利があり、それも強く希望する権利がある○子どもは成長し大人となって子どもを持つ権利がある○子どもはうそをついたり、だましたり、強要したり、盗む権利はない○子どもは生まれつき持っている長所を大いに活用する権利がある(美しい声、容姿など)、など具体的な権利をあげていた。一方で「子どもの権利」の誤用、濫用を戒めている。

ユネスコはをコルチャック生誕百周年の記念すべき1978⁻79をコルチャック年と決め、1979年を国際児童年とし、ポーランドが「子どもの権利条約」の制定を呼びかけ、条約化に向けて動き出し、1989年「子どもの権利条約」採択される。

・1942年5月、コルチャックは思い出と題して日記を綴り始める。『ゲットー日記』

・子どもたちに最期の贈り物をしようと考えたコルチャックはタゴール原作『郵便局』(『死にゆく王子』とも言われている)を上演した。どもたちが少しでも安らかに死を受容できるようにとの願いを込め、死は恐怖の対象でもなく、生命あるものがかならず向き合わねばならない現実であることを知らなけばならないとの思いから。

・1942年7月22日から1日6000人のユダヤ人「東方再移住」が行われる。8月初め5日か6日に4000名の子どもたちがトレブレンカへ旅立つ。コルチャックは「私の子どもは私が連れて行きます。そうでないと子どもたちがこわがるから」と言い、「さあみんな、夏期休暇村へ行こう。」と。狂気の世界への出発だった。家畜運搬用の貨車に子どもたちが押し込まれコルチャック先生も一緒に。その時ひとりの男が一枚の紙を握って「ドクター

コルチャック!あなたは残っていいのです。貨車に乗らなくていいのです」と言って紙を彼に示す。コルチャックはただ、「私は子どもたちの父親です。子どもたちをどうして・・・」子どもたちとコルチャックの信頼の絆は永遠に絶たれることはなかった。

エルサレムの郊外、キブツ「マアレ・ハハミシャ」にコルチャックの記念碑が立つコルチャックの森がある。

 

ナチスの狂気は、当然「頭」では分かっている。戦争の狂気も分かっている。しかし、戦争が人間をかくも狂わせ、幼い子供達が次々と理不尽に殺されていく。コルチャックは子供達を裏切ることなく一緒に死んでいく。なんという理不尽なことだろう。戦争は今も続いている。否、現に起きている。頭で分かるのでなく、この魂に感じる痛みを、大勢の人が、世界中の人が忘れなければ、戦争は起こらない。戦争は辞められるはずだ。では、そのために、今、私は何をすべきか。何をすればいいのか。