【新訳】読書について 知力と精神力を高める本の読み方 ショウペンハウエル 渡部昇一編訳 

2012年8月31日第1版第1刷発行

 

帯封「考える力を養うための知的読書法とは! 書籍、雑誌、新聞、ネット・・・。情報が氾濫する現代社会をどう生きるか。血肉となる書物との付き合い方。わかりやすい新訳で読む古典の名著」「『読書する人は、自分で考える能力をしだいに失ってゆく』『多くの学者が読書して馬鹿になってしまった』そうならないために、何をどう読むべきなのか?」

 

第1部 ショウペンハウエルの生涯と哲学

    カントのキーワードである「物自体」にかわるものとして、ショウペンハウエルは「生に対する盲目的意思」を提示した。仏教に影響を受け、ヘーゲルとの確執からベルリン大学で講義がなくなりヨーロッパ各国を旅行した。1848年のドイツ革命が失敗してヘーゲルを頂点とする観念論が崩れ始めるとショウペンハウエルの理論が再評価された。ニーチェフロイトベルグソンに影響を与えた。

 

第2部 [新訳]読書について

 

    無知は富と結びつくことによってはじめて人間を堕落させる。

    貧しい人は貧困と辛苦によって躾けられる。

 

    読書とは、自分で考える代わりに他のだれかにものを考えてもらうことである。

 

    大量に、またほとんど一日じゅう読書する人は、自分で考える能力をしだいに失ってゆく。わたしたちが自分の思考への従事から離れて読書に移るとき、安堵感を得られるのはそのためである。読書中のわたしたちの頭の中は他人の思考の遊び場であるに過ぎない。

 

    たくさん読書すればするほど、それだけ読んだ内容が精神に跡をとどめることが少なくなる。実に多くの学者がこの例に当てはまる。彼らは読書して馬鹿になってしまったのである。

 

    反芻することによってのみ、人は読んだものを身につけることができる。

 

    読んだ内容についてあとから再び思索することなく絶えず読書を続けると、根を下ろすことがなく、たいていは失われてしまう。摂取したもののうち、ほとんど50分の1も吸収されない。残りは蒸発や呼吸などによって排出されてしまう。

 

    紙の上に書かれた思考とは、けっして砂の上の足あと以上のものではない。

 

    作家の作品を読むことによって、その作家の特性まで身につけられるわけではない。けれどもわたしたちが同様の特性を既に素質として、つまり可能性として所持している場合には、読書することによって内部のその特性を呼び起こし、意識へと上がらせることができる。

 

    もともと天分として本人に備わっていることが前提条件となる。それが、読書による人格形成によって作家になる唯一の方法である。

 

    保健当局は目の健康のため、定められた最小限のサイズよりも小さい活字が使用されないよう監視して欲しい。

 

    図書券の書架には、過ぎ去ったいくつもの時代の誤った見解をあらわした書物が並べられ保管されている。いまでは硬直して化石のような姿となって、せいぜい古生物学者のような文献学者に観察されるのみである。

 

    書籍見本市の分厚いカタログを眺めて、十年後にはこれらすべての書物のうち一冊も生き残っていないであろうことを慮るとき、だれが涙せずにいられようか。

 

    悪書は単に無益であるばかりでなく、じっさい有害でもある。著者・出版業者・批評家は強固に結託している。社交の場で話題とするために、いつもみなが同じもの、最新のものを読むように調教された。

 

    三文文士・生活のために書く作家・著作濫造家たちによる、時代のよき趣味と真の教養に対する打撃は成功した。

 

    わたしたち読書の側に関していえば、非読書術がきわめて重要である。

 

    時期ごとに大半の読者の関心を引く書物を、それだけの理由で手に取ったりしないということに尽きる。

    

    読書に費やすことのできる限られた時間をもっぱら。あらゆる時代と民族の偉大な、他の人間からはるかに傑出した精神の生み出した作品よ。評価のゆるがないこれらの作品だけが、真にわたしたちを育て、教え導いてくれる。

 

    良書を読むための条件は、悪書を読まないことである。人生は短く、時間と労力には限りがあるのだから。悪書は知性にとって毒である。

 

    読書は印刷されたてのものばかり読みたがる。つとめて古典を読め。まぎれもない本物の古典を。

 

    それに加えてさらに彼らには低俗な、個人的な意図もある。日々刊行される凡俗作家たちの駄文を読むために、もっとも高貴にして希有な精神の所産を読まずにおく読者の愚かさと本末転倒ぶりは信じ難いほどである。

 

    本物の文学と、うわべだけの文学が存在する。本物は時代を超えて残る文学へと成長する。本物の文学は真摯に、静かに、そしてことのほかゆっくりとわが道を行く。うわべだけの文学は、あたふたと駆け抜けてゆく。

 

    書物を買うのは良いことだ。ただしそれを読むための時間もいっしょに買えるならば。だがたいていは書物を購入することで、その内容までわがものにしたと勘違いする。

 

    だれしも自分の関心にあうもの、すなわち自分の思想体系や目的に合致するものしかとどめておけない。

 

   「反復は習得の母」といわれる。とにかく重要な書物はいずれも、間を置かずに二度読むべきである。二度目にはテーマを文脈に沿ってよりよく把握できるし、結末を知ることによってはじめて冒頭部分を正しく理解できる。

 

    作品は著者の精神のエッセンスである。それゆえ高度な精神文化はわたしたちをしだいに、もはや人間にではなく、ほとんど書物にだけ楽しみを見出す境地へと導く。

 

    古典古代の作家を読むことほど、精神を元気づけてくれるものはない。新鮮な岩清水によって心身爽快になるのと変わらない。

 

    ドイツ語は古典語の完璧さを若干ながら有している。

 

    思想は世界を動かす。それゆえ哲学は本来、正しく理解されれば最強の実利的な力ともなる。その[文学史]枢要部分は哲学史である。哲学史はその[文学史]根音バスであり、それを越えてもう一方の歴史にさえも影響を与える。

 

    世界史においては、つねに半世紀単位が考察の対象になる。これに対し文学史においては、同じ半世紀がしばしば全然問題にされない。拙劣な失敗作は無視されるからである。わたしたちは学問・文学・芸術の時代精神がおよそ30年どとに破産宣告を受けるのを見る。毎度毎度の誤りが昂じた末、ついには自らの不条理の負荷に耐えられなくなって崩壊するのである。カントの全盛期につづいてすぐに別の時代がやってきた。納得させるかわりに感銘を与えたり、根本的かつ明晰であるかわりに、きらびやかで誇張的で、なかんずく晦渋であるように努めた。真理を探究するどころか、陰謀に熱心になった。

 

    文学史上の少数のうまくいった出産は、陳列室に探す必要がない。彼らは不死の者として、永遠にはつらつとした青春の姿で、悠然と歩いている。

 

    悲運の文学史には、諸国の国民がたいそう自慢する偉大な作家や芸術家たちに対して、その存命中にはどのようなひどい扱い方をしたか、記述して欲しい。それにもかかわらず、この人類の教育者が困難な戦がやりとげられ、不滅の月桂冠を授けられるまで、彼らの仕事に対する愛がいかに彼らを保ち続けたか、悲運の文学史には記して欲しい。

 

    含蓄深い言葉が並んでいる。筆者の解説も面白い。紹介された書物はまだ読んでないものが結構あった。この「読書について」のアドバイスを頭の片隅に置きつつ、色々読んでみたいと思う。

 

秋霜 葉室麟

平成31年4月20日初版第1刷発行

 

裏表紙「一揆から三年、豊後羽根藩の欅屋敷で孤児を見守る女・楓の許に、謎の男・草薙小平太が訪れる。彼には楓の元夫で、大功を挙げた後、藩主の旧悪を難じ上意討ちに遭った前家老・多聞隼人と因縁があった。やがて羽根藩の改易を目論む幕府の巡見使来羽の時が迫る中、藩が隠蔽した旧悪を楓たちには藩の魔の手が…。人を想う心を謳い上げる、感涙の羽根藩シリーズ第四弾!」

 

第3作目の「春雷」の続編ともいうべき作品。主たる登場人物はそのまま維持されている。前作で信念に殉じて死んでいった多聞隼人の生き様を、その後に残された人たちが、隼人と同じく信念に殉じていく人間群と、真逆の人間群とに書き分けていくので、本作は第3作と一体となっているとも言ってよいように思う。

その上で本作の主人公は、欅屋敷に突如現れた草薙小平太である。血のつながった父は、前作で隼人に斬られた白木立斎である。立斎は自らの子を宿した側妾の梶を弟子の草薙伊兵衛に押し付け、10歳の頃になると自分の顔が似ていないことに気付いて立斎から押し付けれられたことを確信する。儒学者として世に出ようと懸命に努力をしてきた伊兵衛だったが、世間から蔑まれる立場に追いやられて自暴自棄になり、梶と小平太とは一緒に暮らすものの、疫病神と呼んで恨み続け、酒に溺れる生活を続けていた。そんな小平太は密命を帯びて欅屋敷に紹介状を持って訪れ、身寄りのない子供たちの面倒をおりうと共に見ていた欅のところに現れる。欅屋敷には前作にも登場した大酒飲みの学者・臥雲が子どもたちに学問を教えている。同じく前作に登場した修験者の玄鬼坊も時々屋敷に顔を出す。小平太は屋敷で下男のように力仕事を引き受けでもこなし、次第に楓をはじめ、子どもたちとも気心が通う。いつしか楓のためには何でもしようという思いに至り、密に恋心を抱く。

前作で隼人の直訴の結果、当時の藩主兼清は隠居するが、巡見使が藩入りすることとなり、自らの失策が明るみに出ることを恐れた兼清は、関係者の口止めを画策し、家老の兵衛にそれを命じ、小平太もそのために欅屋敷に送り込まれる。欅屋敷では幼子の誘拐事件が起きるなど、欅やおりう、臥雲だけでなく、子どもたち全員の口封じをするために次々と事件が起きるが、小平太や臥雲、玄鬼坊、そして成長した子どもたちの機転によって次々と難局をしのいでいく。そして遂に江戸幕府から巡見使が羽根藩に向かう話が伝わると、事態は風雲急を告げ、楓や子どもたちは何とか羽根藩を逃れて行こうとし、その時間稼ぎのために臥雲一人が犠牲となる。そして小平太は前藩主兼清を斬る。それは藩存続のために家老の兵衛の決断でもあった。そのことを知ったお付きの佐十郎は兵衛に対して「旦那様は、まことに厳しきお覚悟をされておられます。されど、羽根藩のため、これからもなさねばならぬことが おありだと存じます。大殿を殺めたのはそれがしということにしてはいただけませぬか」というものの、兵衛は「わしがさような誤魔化しが嫌いであることは知っておろう。秋霜のごとく、ひとに苛烈にあたるからには、おのれにも厳しくあらねばなるまい。遅れれば未練が増す。介錯を頼むぞ」と言って切腹する。藩主兼光の嫡男が誕生したことで恩赦となった小平太は一度は死ぬ覚悟をしたものの、欅と再会し、共に生きていく覚悟を決める。

形は違えど、隼人の志を受け継いだ人物が後に残ったことで救われた思いを抱いた読者は多いと思う。解説では『蜘蛛の糸』のように地獄から天国に至るために御仏が垂らした救いの糸であるという譬えを引いている。なるほどなあ、と思った。

100分de名著 2021年11月 ドフトエスキー カラマーゾフの兄弟 亀山郁夫

表紙「終わらない物語を読み通す 綴られる恋愛・欲望・信仰・黙過・指嗾、そして殺意。物語の背後にある『拝金主義』と『二枚舌』―。重層的な人間の深層を描き出すロシア文学の金字塔を平易かつ大胆に解説。『四つの層』と『第二の小説』 読者をいざなう二つのカギとは?」

 

第1話 過剰なる家族

    ドフトエスキーが抱えていた二つのトラウマ。1つは17歳のとき父親を殺人によって失っているという事実、もう1つは28歳のときにある反体制的な会合に加わった罪で逮捕され死刑判決を受けたという経験。

    物語層における父殺しというテーマでは長男ドミートリが主人公に。象徴層における父殺しのドラマでは無神論者イワンと修道僧アリョーシャが登場し、象徴層における父殺しは必然的に神殺しさらに革命の問題へとリンクしていく。2人の母と影の主人公スメルジャコフの登場など、複雑に織りなす物語の骨子が解説されている。

 

第2話 神は存在するのか

    イワンとアリョーシャの神を巡る対決は、ヴォルテールライプニッツの思想的対決をなぞるもの。

    大審問官の物語(これはいつも良く分からない。イエスの老審問官へのキス、アリョーシャのイワンへのキスは、私はまだ理解できないでいる)

    そしてフョードルが何者かにより殺害される。イワンによる黙過は「全人生で最も卑劣な行為」とみなし、それは神の立ち位置であり、イワンの変身を暗示していたのかもしれないと解説する。

 

第3話 「魂の救い」はあるのか

    長男ドミートリー、通称ミーチャは予審において父殺しについて無罪を主張するが、夢の中で回心し神の世界を受け入れ自己犠牲の精神に目覚めて、最後で罪を認める。

    ここまでが第1部から第3部まで。この後、第4部が始まるが、登場人物が入れ替わり、第10編でアリョーシカとしか接点がない少年たち(そのうちの一人がコーリャ)が登場。未完の第2の小説はアリョーシカとコーリャが中心となり決定的な意味をもつと著者は分析。

 

第4話 父殺しの深層

    第11篇は再び父殺しの犯人捜しの謎解きが始まり、アリョーシカはイワンに対し、「父を殺したのはあなたじゃない」を繰り返す。カラマーゾフ家の料理人スメルジャコフが真犯人で、イワンはスメルジャコフによる殺人を黙過していた。そのスメルジャコフはイワンに「殺したのはぼくじゃありません、それは、あなたがちゃんとご存じのはずです」と答える。遠まわしに主犯はイワン、あなただと。アリョーシカはイワンに「父を殺したのはあなたじゃない」と言っていたが、著者はこのひと言を「あなたのなかの何かだ」と解釈する。性を封印し十字架上のキリストの苦しみに一体化しようとする去勢派のリーダーとして待望される人間として暗示的に示されているスメルジャコフは神をないがしろにして性を謳歌するフョードルは憎むべき最大の標的。スメルジャコフは神と崇めるイワンの忖度が無に帰することになり、初めて愛と信仰の宿命に遭遇する。

   物語層の犯人はスメルジャコフと三兄弟、歴史層の犯人はスメルジャコフ、象徴層ではイワン、では自伝層における父殺し犯は誰なのか。実はドフトエフスキ―だと著者は結論づける。

   更に著者はドフトエスキーが書いていない第2の小説の内容を想像する。カラコーゾフによる皇帝暗殺未遂事件がメインプロットになるという仮説を立てながら。

春雷 葉室麟

平成29年9月20日初版第1刷発行

 

裏表紙「〈鬼隼人〉許すまじ-怨嗟渦巻く豊後・羽根藩。新参の多聞隼人が“覚悟”を秘し、藩主・三浦兼清を名君と成すため、苛烈な改革を断行していた。そんな中、一揆を招きかねない黒菱沼干拓の命を、家老就任を条件に隼人は受諾。大庄屋の〈人食い〉七右衛門、学者の〈大蛇〉臥雲を招集、難工事に着手する。だが城中では、反隼人派の策謀が…。筆者畢生の羽根藩シリーズ第三弾!」

 

羽根藩で仕官した多聞隼人は、周囲から鬼隼人と呼ばれるごとく、藩財政立て直しのために命がけで働き続ける。人から鬼と呼ばれ周囲から理解を得られず、悪名を被っても何故にそこまで自らの信念を貫いて藩政のために働き通そうとするのか。隼人が鬼と呼ばれるような人物でないことを理解するのは、わずかに定期的に金子を届けてもらい藩の孤児を引き取って育てた欅屋敷に住む欅と、隼人の身の回りの世話を商人の夫から言いつけられたおりうの女2人しかいない。そんな中で黒菱沼干拓のために隼人に協力をし始めたのが大庄屋の七右衛門と臥雲だが、この2人も周囲からの嫌われ者でいわくつきの人物。だが隼人の心の奥底にあるものを理解し、自らの心の奥底を理解する隼人とは心の奥底でしっかりと結びついている。果たして世から鬼と呼ばれている人物が本当に悪なのか。善悪の判断は、表面的な行動から判断してしまうと、物事の本質をかえって誤ってしまう危うさがあることを強烈に教えてくれる。言い方を変えれば、自らの信念を貫き、世の為に働こうとするのであれば、周囲からどのような評価をされるかは一向に気にしない、むしろ世の評価などという次元で生きている限り、大願を成就することなど到底できない、ということを小説を通して読者に訴えかけようとしているように思う。

 

15年前にお国入りした羽根藩主の三浦兼清が果たして名君なのか否かを見極めようとして隼人は仕官した後、御勝手方総元締に任じられ、藩主を名君とするために、自らは鬼隼人と呼ばれて汚名を被ってでも、藩民に痛みを伴う財政改革を断行し、藩の再建を目指していく。これまでも何度も挑戦しても頓挫した黒菱沼干拓を実現することが隼人の最大の仕事となったが、場合によって農民一揆が起きかねない難題であったため、隼人はこの仕事を引き受けるに当たり、家老に就任させてもらうことを条件に受諾。ところが反隼人派の策謀により、隼人の足を引っ張るために農民一揆が画策され、実際に欅屋敷や大庄屋の店が普請小屋が農民一揆のターゲットとされ、七右衛門は一揆の首謀者に切り殺され店を焼かれたほか、普請小屋も焼かれてしまった。農民に捕まった臥雲を助けに行くべく多聞が乗り込み、七右衛門を切り殺した首謀者を手打ちにし、秋物成の銀納を廃止することを約束して農民一揆を収束させた隼人だが、反隼人派の策謀に乗った藩主は隼人に切腹を命じる。ここで遂に藩主と対面した多聞は自分が誰なのか覚えているかと藩主に問うというクライマックスを迎える。そして15年前に馬に乗ってお国入りした藩主の馬が暴れ出し、馬に蹴られて隼人の一人娘の弥々は亡くなり、身重の妻だった楓は流産する。隼人からこの時の出来事が心から消えることはなく、名君か否かを見定めるために仕官の道を選び、妻の楓が泣いて止めるのを聞かず、楓と離縁する。そして遂に藩主の前で自らの悲運を直接に伝え、忘れていたのではなく娘が死んだことを知らなかったとしても改めて人として謝るよう迫る。これに対して追って沙汰すると述べた藩主が取った行動は、結局、隼人に対して切腹せよとの命を下す。自らを名君とするためには結局自らは何もせず他人のお膳立てした神輿に乗るだけで、せいぜい著名な学者を呼んで改革をしている振りをするくらいしか能のない藩主は、所詮は暗君でしかないと決断して、隼人は切腹せよとの命に背き、最後は討ち取られて死んでいく。後に干拓事業は再開されるが、鬼隼人と呼ばれていた声はいつしか消えてなくなり、“世直し様”と呼ぶ百姓も出るようになる。隼人の墓参りに来たおりうは欅に「多聞様は、世のひとを幸せにしたいと願って鬼になられたのです」「世のひとのために……。その思いで多聞様は生きられた方なのです」と語る。心の奥底ではそのことを理解していた欅は目に涙を浮かべてうなずく。藩から離れて別の土地で夫と暮らしたいと思っていても自らの信念を貫いた隼人を忍んで。「蒼穹を、春雷がふるあわせている」で幕が下りる。

 

本書の隼人の名言はいくつもあるが、とりわけ下記を引用しておきたい。

・世のためひとのために尽くした者は、それだけで満足するしかない。この世で、ひとに褒め・られ栄耀栄華を誇るのは、さようなものを欲してあがいた者だけだ。ひとに褒められるよりも尽くすことを選んだ者には、何も回ってこぬ。望んでおらぬものは手に入らぬことだ50p

・わたしは、悪人とはおのれで何ひとつなさず、何も作らず、ひとの悪しきことを謗り、自らを正しいとする者のことだと思っている。167p

 

なかなか痺れる生き方を貫いた多聞隼人です。己の人生をこの先どう生きるべきかを改めて考えさせられました。

プロカウンセラーがやさしく教える 人間関係に役立つ傾聴 小宮昇

2022年11月19日初版第1刷発行

 

ありのままの相手をそのままに受け入れる、愛する。簡単そうで簡単じゃないかも。自分に近ければ近いほど、こうなってほしい、こうしてほしいという自分の要望を知らず知らず押し付けているかもしれない。それを自覚してありのままに受け入れるという姿勢を強く意識して持ち続けることが大事だ。

そのためには相手の世界、相手の心の世界に入ること。救おうとか変えようとかではなく、共感的に理解しよう、その心が相手に伝わって理解してもらえたと実感することができて初めて相手はより深く話をすることができるようになる。

相手が辛く苦しい思いを話してくれたとき、最大のサポートは励ますことではない。その苦しみ辛さをわかってあげて一緒にいてあげること。無力感や絶望感に耐えられなくて、それを否定してアドバイスしたり説教したりするのは聴き手として失格。それに耐えられる聴き手の強さがなければいけない。何ができるか分からないので何ができるか聞かせてくださいといって苦しい沈黙の中に一緒にいること。それが最善の心の支えになる。

子どもにウケる科学手品 ベスト版 どこでも簡単にできる77の感動体験 後藤道夫

2019年12月20日第1刷発行

 

帯封「ベストセラーシリーズの傑作選 累計85万部! やかんが宙に浮き、ようじが水面を走る。一瞬で子どもたちの目が輝く、不思議な現象の数々!」「〈本書に収録した科学手品の『タネ明かし』 『水入りポリエチレン袋がハリネズミに!』→高分子の性質 『ストローで水を曲げる!』→静電気 『いきなり凍るビン!』→過冷却 『シャボン膜で虹を見る!』→光の干渉 『どうして?』と訊かれても安心、分かりやすい解説も完備!〉」

裏表紙「簡単にできてインパクトが凄い! 親子で楽しめる『不思議な現象』77を精選!準備扶養、コツいらず、誰でもできます。予算もゼロ円から、必要なのは日用品だけ。それでいて、見る側は息をのむ衝撃度!空前のベストセラーとなったシリーズから、とくに人気を集めた傑作手品だけを精選。こどもたちの『なぜ?』にこたえる解説も充実!」

 

ページをめくるたびに、「へー!」「ホー!」と思わずうなってしまう手品の数々!しかも、身近にある手ごろな日常品を使って簡単にできてしまうところが魅力です。◎は私もさっそくやってみようと思ったものです。

 

第1章 台所で科学手品

  ◎1 水入りポリエチレン袋がハリネズミに    高分子の性質

  ◎2 ストローで水を曲げる           静電気

   3 米吊り                  摩擦

  ◎4 水を入れた紙コップが燃えない       水の熱容量、紙の発火温度

5 ペットボトルのトルネード         水のうず

6 金属ボールの噴水             共振

7 水が入らない漏斗             空気の圧力、水の表面張力

  ◎8 かさのポリ袋で赤と青の光が見える     光の反射

9 宙に浮くコルクとフォーク         力のつりあい、重心

10 コルクとフォークでヤジロベー       力のつりあい、重心

11 フォーク2本と十円玉のヤジロベー     力のつりあい、重心

12 卵がコップのふちに乗る          力のつりあい、重心

コラム1 天才科学者の子ども時代 ファインマン

第2章 お金で科学手品

   13 千円札の上の十円玉            力のつりあい、重心

14 絶対に取れない一万円札          落下運動、反応時間

15 一円玉を通り抜けるビー玉         落下運動、衝突

16 上を切ろうか下を切ろうか五円玉      慣性

17 十円玉が落ちない            靭帯と筋肉のはたらき    

18 十円玉がぴっかぴか           酸化と還元

19 一円玉の衝突              運動量保存の法則

20 一円玉を吹いて茶碗に入れる       空気の流れ

21 一万円札が磁石で大回転         インクの中の鉄分

コラム2 天才科学者の子ども時代 アインシュタイン

第3章 体を使って科学手品 

   22 指一本で立てない            力のつりあい

23 うでが縮む               筋肉のはたらき

24 背骨が伸びる⁉             筋肉のはたらき

25 左足が上がらない            重心

26 つま先立ちができない          重心

27 瞳がちぢんじゃう            瞳孔のはたらき

28 キャップがはめられない         視差

29 反対の指が上がっちゃう         左右の認識

30 右手はたたいて、左手はこする      左右の認識

コラム3 天才科学者の子ども時代 エジソン

第4章 ごはんの前に科学手品

   31 おしぼりが離れない           摩擦

32 ストローの負電荷で割りばしが大回転   静電気

33 スプーンとアルミホイルで味がする    電池

34 スプーンの磁石             磁化と消磁

35 いきなり凍るビン            過冷却

36 半分に切ったはずなのに         力のモーメントとつりあい

37 食塩水をかんたん電気分解        電気分解

第5章 ごはんの後に科学手品

38 割りばしでやかんを宙に吊る       力のつりあい、重心

39 アルミ缶のおさんぽ           静電気

40 火花が飛ぶアルミ缶           静電気

41 ゴム手袋が抜けない           大気圧

42 発砲スチロールを溶かす         化学反応

43 アルミホイルのタコ踊り         静電誘導

44 吹くと高くなるのに、たたくと低くなる  音の性質

コラム4 天才科学者の青年時代 フランクリン 

第6章 太陽の下で科学手品

   45 霧吹きで虹をつくる           光の屈折

46 洗面器の中の鏡で虹をつくる      光の屈折

47 自動濾過ガーゼ            毛細管現象

48 砂鉄が並ぶ              磁石と磁力線

49 水面に映った木がちぢんでいく     光の性質

50 腕時計で方角をあてる         地球の自転と時間

第7章 お風呂で科学手品

51 水道の蛇口でだんごを作る       水の表面張力

52 ゴムホースで「永久機関」       大気圧

53 進め!ようじの丸木船         水の表面張力

54 ピンポン玉のおさんぽ         水の流れ

55 石鹸を塗るだけできれいになる鏡    疎水性と親水性

56 シャボン膜で虹を見る         光の干渉

コラム5

第8章  天才科学者の青年時代 ファラデー 

  ◎57 封筒の中の手紙の文字を外から読む   光の反射

   58 ストローを切っていくと音が変わる   音の共鳴

59 電気チョウチョ            静電気

60 吹いてもひっくり返らない名刺(ベルヌーイの定理)空気の流れ

61 ゴム風船の膨らむときと縮むとき    空気の膨張と収縮

◎62ゼムクリップの知恵の輪         奇妙な組み合わせ

63 吹くと近寄ってくる紙(ベルヌーイの定理)空気の流れ

64 ストローの中を回る糸         空気の流れ

  ◎65 近くは拡大、遠くは逆さ        凸レンズの性質

66 箱の段積み              力のつりあい、重心

67 箱のアーチ積み            アーチ構造

   コラム6 天才科学者の青年時代 キュリー夫人

第9章 おやすみ前の科学手品 

   68 お月さんがついてくる         光の性質

69 なんでも皿回し            回転体の安定

70 ナイロンストッキングで虹を見る    光の回折

71 ドライヤーでピンポン玉の空中浮遊   空気の流れ

  ◎72 雑誌が離れない            摩擦、大気圧

  ◎73 紅白のひもの瞬間移動         ひもの組み方

74 クリップがどんどん入っちゃう     水の表面張力

75 浮いてこい              水の圧力、浮力

76 メビウスの鎖             奇妙な立体

77 無限鏡               無限

 

黒い巨塔 最高裁判所 瀬木比呂志

2016年10月27日第1刷発行

 

帯封「いま初めて暴かれる最高裁の闇! 第2回城山三郎賞受賞作家にして最高裁中枢を知る元エリート裁判官が描く本格的権力小説!」「『原発は止めん。それがわしの意志だ‼』最高裁に君臨する歴代最高の権力者にして『超』エリートの須田謙造最高裁長官。司法権力躍進のために手段を選ばぬ須田は、頻発する原発訴訟で電力会社に有利な判決を出すよう、事務総局を通じて裁判官たちを強引にあやつる。徹底的な信賞必罰による人事統制に恐れをなす司法エリートたちは、誰一人須田にさからえない。ソ連強制収容所を彷彿とさせる思想統制に違和感を覚える民事局付の笹原駿は、図らずも須田と対峙する道を選ぶ。最高裁中枢を知る元エリート裁判官が描く、あまりにもリアルな、司法荒廃と崩壊の黙示録!」

表紙裏「著者は、ベストセラー『絶望の裁判所』、城山賞受賞の『ニッポンの裁判』〔ともに講談社現代新書〕等において、日本の裁判所の前近代的な官僚機構と、『裁判』を行うのではなく役人、官僚として事件を『処理』している裁判官たちのあり方を、痛烈に批判してきた。最高裁事務総局民事局付として最高裁の権力構造を目の当たりにしてきた著者が、満を持して、長編小説という自由な形式により活写するのは、最高裁の絶大な権力をめぐる様々な司法エリートたちの暗闘、日本の奥の院といわれる最高裁の長官、また彼のひきいる事務総局が駆使する司法権力の秘められたメカニズム、そして、原発訴訟等の重大案件をめぐる司法部内、司法と政治の、ぎりぎりのつばぜり合いだ。これまでにも、日本の『権力』を描いた小説は多数あったが、日本の権力の普遍的な『かたち』を最高裁に見出し、そのすべてを赤裸々に描き切ったこの作品は、権力の中枢に長く属していた人間でなければ到底描くことのできない、異様なまでの生々しいリアリティーと迫力に満ちている。」

 

司法が政治権力と癒着して、本来あるべき三権の一翼を担うべき司法の役割が、最高裁長官という独裁者により歪められている!というテーマをフィクションを通して訴え掛けている司法小説。著者は繰り返しフィクションであることを強調しているが、書かれている人物や取り上げたテーマ(原発訴訟)そのものはフィクションかもしれないが、司法の内実は実はこのようなものだということを元裁判官の目線で描き切った小説のように思う。ここまで最高裁を悪し様に貶す小説を書く度胸がスゴイ。