世界2019年10月 キラーロボットVS.市民 土井香苗(国さい人権NGOヒューマン・ライツ・ウォッチ日本代表)×長有紀枝(AARJapan)

分かりやすい対談です。

 

キラーロボットの定義の議論は後回しにして、出来るところから始めるという立場を持っている方に賛成です。

キラーロボットに反対する理由は、人間の有意義なコントロールがないということは責任を問える人間がいないからというもの。なるほど、その通りですね。ロボットを法廷に立たせても仕方ないというのは本当にその通りです。

人間の関与がない兵器の存在というのは開けてはならないパンドラの箱というのもその通りだと思います。

2018年の日本での調査で「キラーロボット反対」支持が全体の48%で、「知らない・わからない」が38%。アメリカを含めて50%以上が反対という数字が出ているのに日本はまだこの問題が知られていないと警鐘を鳴らすのにも意味があります。

キラーロボットが「第三の兵器」(核兵器は第2の兵器革命)といわれている中で、核拡散を防止する枠組みが曲がりりなりにも存在して人類は存在しているが、キラーロボットが拡散したらどういう世界が待っているか予測がつかないという指摘は本当に不気味ですが真実味があります。

 

 

世界2019年10月 AI兵器ー異次元の危険領域 津屋尚(NKK解説委員)

8月20日と21日、CCW(特定通常兵器使用禁止声援条約)加盟各国がLAWSの規制を話し合う「政府専門家会合」の場で、LAWSの規制に関する報告書が採択された。報告書は▼すべての兵器システムは国際人道法が適用されること。▼AI兵器の使用には人間が責任を負うこと、などが盛り込まれた。AI兵器を規制する初めての国際ルールの指針が合意された。

 

しかし、覇権を握るための軍事技術としてAI兵器の開発が進んでいる。AIが進めば戦わずして勝利する孫氏の兵法にもつながるやり方がAIを通じて行われる可能性等にも言及がある。

世界2019年10月号 この兵器と人類は共存できない いま、なぜ自律型致死兵器システムを問題にするのか 中満泉(国連軍縮担当事務次長・上級代表)

今年8月、自律型致死兵器システム(LAWS)分野における新技術に関する政府専門家グループの会合がジュネーブで開催され、3年連続で、その報告書を全会一致で採択したことを紹介い、規制に向けて国際世論が前進していることをレポートしている。

松下幸之助と私 牛尾治朗 野田佳彦 古賀伸明

牛尾治朗

 松下幸之助は、虫の目と鳥の目を併せ持った男であった。虫の目とは、企業経営を進める上で、非常に小さな事どもを見つめる目である。一方、鳥の目とは、企業全体のみならず、社会や国家全体を俯瞰する目のことだ。

 生産性を高める上で重要になってきているのが、労働生産性よりも全要素生産性を高めることである。・・私は、この部分を伸ばすために、組織には4つの機能が必要になると考えている。

 一つ目は、常に総合力を高めることだ。企業経営で成功しているところは大概、会社のあらゆる部門の総合力を結集し、時に外注先まで巻き込んで総合力を高めている。

 二つ目は、変化に即応する力である。とくにグローバル化に伴う目まぐるしい変化に即応する力が求められている。

 三つ目は、合理的な、効率の高い経営。これは生産性向上運動、機械化、TQC(全社的品質管理)などで、日本企業がこれまで高めてきた部分である。

 四つ目は、信頼性だ。消費者だけでなく、従業員からも社会からも信頼されるような組織であることだ。

 日本が経済的に豊かになるのに伴い、自分のことを第一に考える風潮が広がり、まず集団主義が崩れた。かつての日本メーカーは世界一を目指すのが当たり前で、少しでもそれに近づくべく死に物狂いの努力を惜しまなかったが、そういう完璧主義も薄れてきた。さらに、三K(きつい、汚い、危険)という言葉に象徴されるように、現場主義も嫌われるようになった。几帳面だったはずの組織力の減退、完璧を求める気質の喪失、時間厳守のルーズ化などによって、生産性が大きく損なわれているのが、日本企業の実情である。

 

古賀伸明

 大先輩から、創業者のこんな話も聞いた。「素直な心にも碁や将棋と同じように初段から名人まであるんやと思う。初段になろうとおもうなら一万回反省せんなならん。自分は何かにとらわれていないか?ゆがんだ心で判断していないか?と事あるごとに自分を省みる。これを一万回繰り返してやっと初段や。自分も最近はようやく初段ぐらいになったかなと思っている。名人の域に達するにはまだまだ修行が必要やな」

 高橋荒太郎氏(ミスター経営理念、創業者の伝道師・宣教師・松下電器の大番頭)の著書『語りつぐ松下経営』には、・・「私は、世の中で一番むずかしいことは、誰でもわかっていて、誰でもやればできることを、間違いなくやり通すことだと思う。平易なことを間違いなくやり通すことはむずかしいことである。むずかしいことだから根気がいる」

 創業者はおもむろに口を開かれ、「商品を売る前に君たちに売ってほしいものがある。それは松下の経営理念や。松下の経営の基本の考えかたなんや。お得意様に松下の経営理念を売ってほしい」と、おっしゃったそうだ。それを聞いた出席者は一瞬ことばを失い、狐につままれた感じになったおちう。その時から、そのことばの謎解きをしばらくやることになり、いろいろと考えているうちに、商売の上で企業と企業のお互いが信頼しあう時に、その絆となるものが、企業の持っている基本の考え方、理念なのではないかとの結論に至ったとのことだ。松下電器の経営理念が正しいから、相手がよきパートナーとして松下を選ぶ。相手の経営理念が正しいから、松下が相手をよきパートナーとして選ぶ。そうなって初めて信頼関係が長く続き、その関係を深め高めることができる。

 

 野田さんは「素志貫徹」の箇所が少々面白い。54歳で総理大臣となり55歳でやめた。その後の人生の処し方を考えた時のこの言葉がキーワードとなって現在頑張っておられるとのこと。頑張ってほしいものだ。

上級国民/下級国民 やっぱり本当だった。みんな薄々気づいている「言ってはいけない」分断の正体

2019年8月6日初版第一刷発行 9月8日第三刷発行

まえがき

PART1「下級国民」の誕生

   1 平成で起きたこと

   2 令和で起きること

PART2「モテ」と「非モテ」の分断

   1 日本のアンダークラス

   2 「モテ」と「非モテ」の進化論

PART3 世界を揺るがす「上級/下級」の分断

   1 リベラル化する世界

      自由(自己実現)と自己責任が光と影の関係であることは、1943年、ドイツ占領下のフランスで出版された『存在と無』でジャン=ポール・サルトルがすでに指摘しています。

     「人間は自由の刑を宣告されている。なぜなら、いったんこの世に放り込まれたら、人間は自分のやることなすことのいっさいに責任を負わされるからだ。(人生に)意味を与えるかどうかは、自分次第なのだ」(『存在と無 現象学存在論の試み』ちくま学芸文庫

   2 「リバタニア」と「ドメスティックス」

      ロバート・ライシュクリントン政権で労働長官を務めたリベラル派の経済学者ですが、早くも1991年に、世界的ベストセラーになった『ザ・ワーク・オブ・ネーションズ』(ダイヤモンド社)で「グローバル化」と「知識社会化」がアメリカの中流階級を崩壊させることを警告しました。ライシュはこの本で、将来のアメリカ人の仕事は①ルーティン・プロダクション(定型的生産)サービス、②インパースン(対人)サービス、③シンボリック・アナリティック(シンボル分析的)サービスに分かれると予想しました。・・(③は)「問題解決や問題発見、データ、言語、音声、映像表現などのシンボルを操作する戦略的媒体」にかかわる仕事で、エンジニア、投資銀行家、法律家、経営コンサルタントシステムアナリスト、広告・マーケティングの専門家、ジャーナリストや映画製作者、大学教授などが属します。これらの仕事の本質は、「数学的アルゴリズム、法律論議、金融技法、科学の法則、強力な言葉やフレーズ、視覚パターン、心理学的洞察をはじめ、思考パズルを解くためのテクニックなどのさまざまな分析ツールや創造のためのツールを用いて抽象的なシンボルを再構築」することだとライシュはいいます。これを要約すれば「知的でクリエイティブな仕事」ということになるでしょう。

エピローグ 知識社会の終わり

 ベーシックインカムはなぜ破綻するのか?

 貧しいひとびとの「経済合理的」な行動によって、裕福な国のべーシックインカムは確実に破綻する。

 

 最後に、

 「『技術』と『魔術』が区別できない世界」、すなわち「知能は意味を失って知識社会は終わる」とまとめられている。そして「早晩、大多数のひとたちにとって『教育』はなんの意味もなくなる」と予言している。なんとも不気味な将来予測です。そこで示された処方箋も、何とも味気ないものと思います。

 さて、未来予想図を夢あるものにどのように描いていくべきか。考える材料になる一書ではありました。

公益を実践した実業界の巨人 渋沢栄一を歩く 田澤拓也

2006年9月20日初版第一刷発行

プロローグ 飛鳥山公園(東京都北区)

第1章 春 憂国の志士から幕臣

      血洗島(埼玉県深谷市

      高崎城(群馬県高崎市

      横山外国人遺留地(神奈川県横浜市

      三条小橋(京都府京都市

      備中・西江原村(岡山県井原氏)

番外編 パリ 近代資本主義を知る

第2章 夏 新政府で奔走、熱き起業家魂

      商法会所(静岡県静岡市

        日本最初の株式会社

      湯島天神(東京都文京区)

      裏神保町(東京都千代田区

        「人間に階級があってはならぬ、役人であろうと町人であろうと、互いに人格を尊重し合わねばならぬ。(中略)国を富ますには商工業を発達させねばならぬから、微力ながらも私が商工業に従事して国家の隆盛に力を尽くそうと考えたのである。」(『雨夜譚 余聞』)

      第一国立銀行(東京都中央区

      福住町の渋澤倉庫(東京都江東区

          忠恕の精神。

         「忠とは衷心よりの精神懇情を尽くし、事に臨んで親切を第一とするをいう。恕とは平たくいえば「思いやり」と同じ意味で、事に当たりて先方の境遇になり、先方の心理状態になって考察してやることである」(『論語講義』)

第3章 秋 事業の拡大と、弱者への思い

      王子製紙(東京都北区)

          「翻って考えれば製紙及び印刷事業は文明の原泉とも謂える」(渋沢栄一王子製紙株式会社回顧談』)

      清水建設(東京都港区)

      養育院跡地(東京都板橋区

      磨崖碑(千葉県館山市

第4章 冬 知られざる教育への貢献と晩年

      東京女学館(東京都渋谷区)

      埼玉学生誘掖会(東京都新宿区)

      伊香保温泉(群馬県渋川市

      谷中墓地(東京都台東区

エピローグ 常盤橋公園(東京都千代田区

祖父・栄一の葬儀の日 鮫島純子

 

 

100分de名著 大衆の反逆 オルテガ 中島岳志

オルテガが若い時期の代表作の一つが『ドン・キホーテをめぐる省察』(1914年)です。この中に、「私は、私と私の環境である」という有名な言葉が出てきます。

 

自分が意味ある存在として位置づけられる拠り所のような場所、つまり「トポス」(ギリシャ語で「場所」の意)なき人間のことです。自分が依って立つ場所がなく、誰が誰なのかの区別もつかないような、個性を失って群衆化した大量の人たち。それをオルテガは「大衆」と呼びました。だから、単なる「庶民」とは大きく異なります。むしろ彼は「庶民の世界」を高く評価していました。決して裕福ではなく、学があるわけではない、けれどトポスをもった人ーたとえば、親から継いだ商売を何十年も真面目に営んで、それを後継者にしっかりと手渡したような人は、オルテガにとって「立派な人」なのだと思います。

 

それぞれの人間がもつ感性や個性は、規律を重視する集団にとっては邪魔なものでしかなく、そういうものを奪い去っていくことが、実は近代教育の重要な命題だった。それも、結果としてたまたまそうなったのではなく、意識して個性のない人間をつくろうとしてきたのだ、とフーコーは言っているのです。

 

さらに、オルテガが面白いのは、この大衆の原型とは、いわゆる庶民ではなく「大学の中にいる専門家である」と言い出すところです。・・つまり、知識をもたない、いわゆる庶民階級ではなく、むしろ「専門のことしか知らない」ために複雑な思考ができなくなった人間、つまり専門家が社会をコントロールしようとすることによって、世の中に混乱が起きているのだというのです。

 

「思想とは、真理にたいする王手である」

「支配するとは、拳(で撲ること)より、むしろ尻(で座ること)の問題である」

 

民主主義の主体はいま生きている人間。つまり「生者」。それに対して、立憲主義の主体は「死者」なのです。

 

「遺影」の存在ー死者からのまなざし

東京物語』の主人公は原節子が演ずる「紀子」でも笠智衆が演ずる「周吉」でもなく「遺影」だと思っています。

 

中間共同体と民主制 - トクヴィルアメリカの民主政治』

マスメディアの発達が民主主義を破壊する

マスメディアが発達していくと人々は中間領域に参加しなくなっていく、そうなったとき多数者の専制が生まれデモクラシーは破たんに向かう。

 

西部邁『大衆への反逆』

 

パットナム『孤独なボウリング』

彼が提示するのは「ボンディング(結束)」と「ブリッジング(橋渡し)」という概念です。

 

なかなか100de名著シリーズの中でも面白い内容です。