暗幕のゲルニカ 原田マハ

2016 年 3 月 25 日発行

 

原田マハの、傑作が再度誕生である。


9.11 後のイラク空爆前夜、米国国務長官が国連の安保理会議場のロビー前で記者会見を行った。その背景にあるべきはずのゲルニカタペストリーには暗幕がかけられていた。これ
は著者によると事実らしい。著者は誰がこの暗幕を掛けたのか?という疑問を抱く。そしてこの物語は、暗幕を掛けたのは誰で何のためなのか、またそもそも、なぜピカソゲルニカを制作したのかに迫ってくいく。

 

この小説のもう 1 人の主人公である、ニューヨーク近代美術館でキュレーターの八神瑤子は、ピカソの戦争展を成功させるためにゲルニカを借り出すよう至上命令を受けて苦心する。こういう展開で、小説の前半はグイグイ読者を引きずり込んでいく。楽園のカンヴァス以来の昂奮を覚える。
ゲルニカ制作の背景として、1930 年代のパリ万博ではスペイン館の目玉としてピカソがベルニカを制作したことが詳しく書かれ、ゲルニカについて著者は「ピカソの 56 年の人生の中で、また画家となって創作した全作品の中で、おそらく最高傑作となるであろう一点。また、美術史上、もっとも強烈に戦争と平和の意義を問うであろう作品。これは、剣ではない。いかなる兵器でもない。いってみれば、暗い色の絵の具が塗られたカンヴァス。単なる一枚の絵に過ぎない。しかし、剣よりも、いかなる兵器よりも、強く、鋭く、深く、人間の胸をえぐる。世界を変える力を秘めた、一枚の絵」という。
また、ゲルニカに暗幕が被せられた事件後に、ピカソの戦争展開催予定の MAMO のルースは、瑤子に対し「マドリッドにある本物の〈ゲルニカ〉を、なんとしても借りてきなさい」「国連も、ホワイトハウスも、いかなる国家権力も、芸術を暗幕の下に沈めることはできないと証明するのよ。ええ、そうですとも。アートの真の力を見せつけるのです。いいわね、ヨーコ。奪うのよ。-必ず」と命じる。が、拒否される。理由は美術史上最大の問題作を狙っているのはテロリストたちだからゲルニカマドリッドから動かすことは不可能だと告げられる。

その後、テロリストが瑤子を人質に誘拐し、ゲルニカを手に入れようとし、ルースは自らゲルニカの貸し出しに動き出す。時代はピカソの時代に戻り、ゲルニカはパリ万博では必ずしも十分な評価を受けなかったが、ヨーロッパを巡回し、後にニューヨークに渡り、スペインが民主化されるまでMAMOが預かるとの条件の下で貸し出される。その背景を元に現代に話は戻ってルースはとっておきのアイデアを告げてゲルニカ借り出しに成功する。瑤子は殺されるのを覚悟するが、テロリストの首謀者の妻からピカソの鳩の絵の写真を見せられ恐らく本物だと解説する。ゲルニカはテロリストの物でも、私の物でもなく、みなの物だという信念を伝えながら。幸いに特殊部隊が瑤子を救出し、瑤子はニューヨークでピカソの戦争展の晴れの開幕舞台に立つ。大勢の関係者の視線は、ゲルニカMAMOに再び姿を見せるかに集まる中、瑤子が説明したのは国連のロビーに飾られた本物のゲルニカだった。というところでこの小説は終わる。

ちなみに先のテロリストの妻の母こそがゲルニカの制作過程をつぶさに撮影した写真家ドラだった。そんな心憎い伏線の展開も見事である。