戦場の秘密図書館~シリアに残された希望 マイク・トムソン 編訳者 小国綾子

2019年12月 初版第1刷発行

 

冒頭の数点の写真が極めて特徴的です。

ダラヤの町の多くの建物が、悉く爆撃を受けて壁も窓もなくなった様子を映し出した写真が冒頭に。その中で廃墟となった建物から救い出された本の山の写真が続き、秘密図書館の創設に力をつくした約20名もの若者たちが秘密図書館の中で仲良く写っている写真が。その後、秘密図書館の中にいる、14歳のアムジャド、青年バーシト、兵士ウマルがひとりずつ写っています。それぞれ館内で作業をしたりその合間に本を読んだり、本を読んでくつろいだり、銃を足元に置きながらも自由に本を読んだりしている姿が写っています。また少女アーイシャが真剣なまなざしで本を読んでいる写真も。さらに頁をめくると、パンクシーのように見事な壁画を描いたアブー=マーリク、世界に助けを求めるダラヤの大勢の女性と子どもたちが手にビラを持って立っている集合写真。ところが秘密図書館の本が政府軍により略奪され、その後も本が床に無残に散らばった写真も。最後に移動図書館を作るために準備をしているマーリクと、イドリブ県で車の中に本を詰め込んだ移動図書館の写真が。この写真群を見るだけで、シリアには、本を読みたがっていて、本をとても大事にする大勢の若者たちがいる、一人一人名前のある生きた人々がいる、日本にいると、「シリア難民」という言葉だけで片付けられてしまい、一人一人の顔を思い浮かべることはできないけれども、実際には、血の通った、それぞれ家族がいて、それぞれに人生を歩んでいる一人一人がいる、ということがよく分かります。

 

さて、本にはこんなことが書いてありました。

1 最初はアムジャドの話から始まります。著者はネットを利用して取材を行い、スカイプでアムジャドとやり取りをします。アムジャドは自らを司書長と誇らしげに自己紹介します。金曜以外は毎日開館。食べる物がほとんどないのに、「読書は空腹を忘れるのにもってこいなんです!」という言葉は胸に迫ってきます。

2 シリアの「アラブの春」、というタイトルでは、父と子の2代のアサド政権が民主化の波を抑え込むために政府軍が暴力的になりデモに参加した市民を次々と逮捕し処刑していく姿が描かれます。街を出ていってしまう人が大勢いる中、危険を承知で街にとどまる若者もいて、そんな中、政府軍がダラヤの街を完全に包囲。その中で自分たちの手で何とか自治を守り、地下図書館が誕生。

3 バーシトとアナスが登場。二人とも自らの信念を貫き、街に残ります。

4 ダラヤに残った若者たち。最初、街中で生きていくために野菜を植えるが、そのうち、「栄養が必要なのは、体だけではない。頭や心にだって栄養が必要なんだ」と。仲間同士で意見交換する中で本を爆撃から救出し、図書館を作ることを構想。バーシトがこの作業の監督をします。

5 本の救出作戦。政府軍監視の中、監視の目をかいくぐって、命がけで廃墟の家の中から本を救出します。常にユーモアを忘れず、仲間と一緒に、滑稽なことがあれば、皆で笑い飛ばしながら、日々の極限状態にある日常生活を送っています。そして本や本棚には本当の持ち主の名前や住所を書き込みます。著者はある時、命を掛けてまで本を救出する価値はあるのかと尋ねます。「頭脳や知識のためだけじゃない。精神、心のためでもあるんです。何もせずにすごしていては知識は得られません。一生懸命努力し、ときには大きなリスクを犯してこそ、得られるのです」と。思わず襟を正したくなりました。中でも大切にしているのは「シリア以外のほかの国で、僕らと同じように、内戦や戦争のトラウマをかかえている人たちが、どのように生き抜いたかを綴った本です。その様な本を読めば、シリアの内戦が終わった時に国を再建する最善の方法を学ぶことができますから」と。キリスト教の教会から本を回収した時も、分け隔てなく救出する。そして次第に図書館に本が寄贈されるようにもなります。

6 シハーダと「評議会」。元英語教師で30代半ばのシハーダ。彼はアサド政権による人権侵害を記録し英語で世界に発信する役割を担っています。

7 図書館、開かれる。夏は40度を超え、冬は氷点下に。食糧はなく、水道はアサド政権により断たれ、井戸水しかない。そんな中、2013年12月下旬、ダラヤに樽爆弾が投下される。そんな中、秘密図書館がひっそりと地下室で開館します。

8 サーラと子どもたち。図書館はコミュニティーとしての機能も営むように。サーラは20代後半で子ども達に教育するために働き出す。以前はアサド政権への忠誠の言葉を唱えなければならず、親子の語録を暗唱させられていた。そんな教育のあり方に反感を抱いたサーラは、自分の頭で考え、正直に自分の気持を表現できる教育を行う。約70人の子どもが教室に集まります。サーラは仮名。

9 希望の壁画家、アブー=マーリク。勿論、仮名。秘密図書館に通って、読書好きでなかった彼も本が大好きに。これまで20点ほど壁画を残している。

10 歯学生、アイハームの挑戦。海外で学べるチャンスを手放して街に残り、歯科医の資格がなくとも歯の治療を続けるアイハーム。医薬品や医療用品が決定的に不足している中で、秘密図書館のネット環境を利用して歯学専門の電子書籍をダウンロードして勉強しています。

今や80名の人が図書館の運営に関わり、様々な講座を開設。恵まれずに教育を受けられなかった人のために出し惜しみせず分け合おうという元学生の言葉から始まったそうです。しかし、この元学生は22歳でミサイル攻撃に巻き込まれ命を落とす。アナスは日本の広島やロンドンの復興、イラクの内戦から何を学ぶべきかとかいろいろ勉強しています。

11 本を愛する兵士ウマル。自由シリア軍の前線に立つウマル。でももともとは学生。軍の度重なる残虐行為の結果、武器を持つ以外の選択肢がなくなってしまう。それでも前線で今も他の若い兵士と本を交換しながら読んでいる。図書館ぎらいだった兵士を図書館に誘い、どんどん本好きな若い兵士が増えていく。「書物はダラヤの外の世界に開かれた唯一の窓」と。

「アサド大統領がいなくなった後の、新しい国家作りに備えなきゃいけない」 何と崇高な人たちでしょう。感動します。

12 図書館、爆撃される。2015年12月。樽爆弾が襲う。

13 どんな本が好きですかと聞かれたバーシトは、シェイクスピアハムレット」と。そらんじるそうです。サーラは、アガサ・クリスティ「書斎の死体」。犯罪や暴力は何の役にも立たないというメッセージがこめられていると。等々。

14 アーイシャの夢は。本好きの12歳の少女。将来何になりたい?と聞かれ、前はそういうことをよく考えたけど、今はもう考えない。そんなに長く生きないと思う。たぶん、ここで死ぬんじゃないかな、と。この発言に著者も読者も打ちのめされます。

15 限界。樽爆弾が激しくなり、大勢人が死んでいく。サーラが本を借りてきても子ども達は本を読む体力も気力もなくなってしまいます。

16 ウマルの死。2016年7月28日、BBCラジオで30分ドキュメンタリー番組を放送。その直後、著者にメールが届く。「ウマルが死にました」と。

17 図書館との別れ 世界の関心はシリアから離れていく。8月19日、ダラヤの唯一の病院に政府軍は樽爆弾を落とす。そしてダラヤ陥落。バーシトは最後に図書館にお別れに行く。そして本を胸いっぱい抱きしめて「泣きました」。本を返却する人が大勢いたそうです。アムジャドは最後まできちんと記録し本棚に本を戻します。そんな彼らを国営テレビは「テロリスト」呼ばわりする。

 これは本当に真逆だと思いました。事実が正反対にゆがめられています。こんな恐ろしいことが今世界の中で現実に起こっているなんて!正直驚きました。

 本は、その後、図書館の出入り口はひっそりと閉じられた。

18 イドリブ県。しばらくして、ダラヤからイドリブに移った人と著者がメールでやり取り。

19 図書館の最後。CNN速報。秘密図書館の内部がうつしだされる。略奪が始まっていた。皆傷ついた。著者は「政府軍の兵士たちは図書館から略奪はできても、図書館を創った人たちの魂までは破壊できません」と。

エピローグ イドリブ県の田舎の村の様子が。移動図書館がやってきた。2200冊以上の本が車の中にぎっしりと。この発案者はマーリクとシハーダ。ネットで支援を呼びかけ「ヨーロッパ民主主義基金(EED)」の支援を取り付けた。バーシトは「いつやダラヤにもどり、秘密図書館を再建したいです・・ぼくは絶望はしていません。夢はかなう、と信じています」という言葉で締めくくられています。

 

なんと強く、たくましい若者たちがシリアに大勢いるんでしょう。日本にいながら、自分は何ができるんだろう?と考えざるを得ませんでした。