完全版 日本婦道記(上) 山本周五郎

2018年4月13日第1刷発行

 

 表紙裏に「1942年、太平洋戦争の中に始められた連載『日本婦道記』。戦中・戦後の混乱期を通し、著者が描き続けた日本人の姿、生き方とは。裕福な武家の家に嫁ぐも、自らはつつましい生活を送る女。その死によって明らかになる彼女の真意とは。傑作『松の花』や名作『不断草』など、連作31篇を網羅した完全版、初の文庫化」とある。

 「松の花」は、亡くなる直前に妻の手の甲に触れた夫が、荒れた手をしているのに初めて気づき、生前中に妻の真の姿に全く気づかなった自分に愕然とし、慚愧の念に駆られる。妻は質素倹約に務め、身に着けるもの全てがぼろだった。それと全く気づかせなかった妻を通して、「世間にはもっとおおくの頌むべき婦人たちがいる、その人々は誰にも知られず、それとかたちに遺ることもしないが、柱を支える土台石のように、いつも蔭にかくれて終ることのない努力に生涯をささげている」「まことの節婦とは、この人々をこそさすのでなくてはならぬ」と夫は語る。

 「不断草」は、冒頭で、豆腐を固めるにがりを語る夫の声を聞いた妻が突然暇を出されて実家に返されてしまう。目の見えない義母のために妻であることを隠して世話をしていたが、義母は妻であることを見抜く。妻は義母の好物である不断草を植えて成長させる。夫は殿様が政治を全うさせるために自ら悪役となって不為の老臣をあぶりだし、自らがにがりの役を務めるために妻を実家に返したという真相を妻が知って感動に打ち震える。

 直木賞を辞退した周五郎。賞など関係なく名作を次々と残した周五郎の作品は本当に素晴らしいものばかりだ。こういう小説が自分にも書ける日が来るといいなあと心の底から思う。