2018年4月13日第1刷発行
上巻に続き、珠玉の短編集である。
裏表紙に「代表作にして、直木賞辞退作としても知られる『日本婦道記』。無骨者で知られる大三郎の許嫁だと、でまかせを言ってしまったあきつ。だが大三郎の家では姑が喜び、あきつを迎える。戦地の良人との関係は・・・。名作『菅笠』のほか唯一の現代小説『竹槍』を含む、日本の美を結晶化させ紡ぎ出した小説の金字塔」とある。
「桃の井戸」 継母となった主人公が、7歳の子に、亡くなった母こそが唯一の母であり、決して忘れてはいけない、それこそが親孝行だと教える。これにより実の母より継母に親しみを感じるようになる。匠の綾を織ったわけではない。最も美しい継母になることが肝心ではないかと義母から言われた言葉を受け止めた偶然の結果だった。実子を産んだ後、実子を特別扱いしようとしたことを反省して義母にアドバイスを求めようとすると、初めて義母から小言を言われる。“あっぱれもののふに育て上げるのが親の役目。初めからお預かり申した小に親身も他人もない”と。
「竹槍」 舞台は1823年(文政6年)6月頃、水戸領平磯の沖に異国船が現れる前後。婦女達が集まって竹槍稽古をしていたが、休みがちな貞子にきぬは真剣さが感じられぬと明日以降来るなと告げる。貞子の良人は武士で君主の思召しにかなわぬことがあって追放を命じられ切腹したため貞子は稽古を遠慮していた。異国船が現れると、きぬは貞子の家に謝罪に現れ、貞子から、いざとなれば簪ひとつ逆手に執って戦うという“覚悟”を聞かされ、その覚悟をもって事に当たった家臣の振舞いが異国船を追い返したと結ぶ。
「二粒の飴」 子を慈しみ厳愛をもって育てるとはこういうことをいうのか?!と感嘆せずにはいられない短篇小説。亡くなる前日に、母が祖母から伝えられた話を切々と娘に語る“よろこぶ子の顔を見ることが、母親というもののなによりの満足です。けれども手にある飴を『遣らずにおく』ということはむずかしいのですよ、母親は誰しも心に飴を持っています。そして絶えず、それを遣って子のよろこぶ子の顔を見たい、という欲望に駆られるものです。もう余命がないとわかって、せめていちどはとおぼしめしながら、母上は自分の弱さを恥じていらっしゃった”。こんなに短くても泣けるストーリーを展開できる周五郎は天才だと思う。
「菅笠」 女友達と戯れに大酒飲みで暴れん坊の大三郎の許嫁だと嘘を言ったあきつは、ある時、大三郎の母から声をかけられ、戦場に行った家には大三郎はいないが、是非嫁にきてほしいと、喜ぶ母から頼まれると本当のことが言えずに母と一緒に暮らすことに。母からあきつのことを聞いた大三郎は戦地から手紙を寄こす。そして家にいることが許されたあつきは大三郎のために自分が出来ることとして大三郎の畑が放っておくと固くなるで手を入れたいと願う。母は大三郎から畑は自分の気持ちが入っているので他人に触らせないでくれと言われていたので当初は断る。が、あきつは特別だからと考え直して赦す。そのうち日があきつの体を痛めつけるので、大三郎が丹精込めて作った菅笠をあきつに被らせようとするがあきつは大三郎が大事にしていたものだから被れないと断る。その後、戦地で討ち死にした大三郎は魂となって帰ってきたと母はあきつに語り、武士の本望なのだから大三郎の嫁ならば泣いてはらないといい、仏壇の前で手をあわせるあきつは大三郎から菅笠を遣るとかけられた声が聞こえ、母の前で菅笠をかぶり、我が子の死に涙を流さぬ母も、あきつの健気さに涙を流す。
どれもこれも、ジーンとくるお話でした。