1985年9月初版発行 1986年8月第2刷発行
素晴らしい表現を随所に織り交ぜながら、軽妙なタッチでグイグイ読ませてくれる。
少年時代に大自然の中で育った筆者は、都会の生活が本当に幸せなのかを問う。「農村から都市へ出た若ものは、本当に幸福になっているだろうか。ちょっとカッコいい服を買うために、単調な、けだるい仕事を何か月も続けてはいないか」「死ぬ前にふと気がついたら、何のことはない、文明の発明品を買うために生きていたようなものだった」という文章がサラリと挿入されている。また「私はいくつになっても、ひたむきに生きる人を尊敬する。一ミリでも一センチでもいい、じりじりと夢へとはっていく人を。息子に夢をたくすというのは、生活の放棄でありあまえである。そういう心根で息子や娘に楽をさせても、ロクな結果が生まれるものか。現状にふさわしい所で、つねに前を向いて歩くことこそたいせつなのである」とも。
いずれにしても『青春記』とあるとおり、高校、大学時代の主人公の性春時代が結構あからさまに描かれている。高校時代には同級生と恋人関係になり(但し肉体関係にまでは発展しなかったようだ)、その人との純真爛漫な付き合いを描いていて、微笑ましくも青臭い感じがした。主人公は大変才能に恵まれ、次々と難しい本を読破している。マルクス、西田哲学、カント、ヘーゲル、ドフトエフスキー、倉田百三、阿部次郎、永井荷風、与謝野晶子、田村泰次郎、ヴェデキント、ビョルンソン、ヘッセ、バルビュス、キンゼイ、ホメーロス、ラブレー、モリエール、スイフト、デデキント、ポー、ブロンテ、マーク・トウェイン、サッカレー、オスカー・ワイル、井原西鶴、為永春水、徳田秋声、太宰治、紅楼夢、聊斎志異、斉藤茂吉、森鴎外、サキ、ダール、エリンなど。
親は自分を継いで医者にさせようとしているが、主人公は途中で文系に鞍替えするつもりのようだ。親は資産家の娘と見合いをさせようとしたが、同級生を選んでしまったので断る。
実際の著者は、巻末解説(伊藤始)によると、当初医者にならず動物学の道に進むが結局失明の危機を救ってくれた感激で独学で医師になったようだ。本書は動物学的見地から青春を説明した著書であると位置付けられている。