新装版 鬼平犯科帳(二)2⃣ 池波正太郎

2005年11月18日第1刷発行

 

裏表紙「四季おりおりの江戸の風物を背景に、事件のサスペンスが、こころよい人情と溶けあう独自の境地。ご存じ鬼平シリーズ第二巻は、鬼平こと長谷川平蔵の並外れた勘が冴える『蛇の眼』他、『谷中・いろは茶屋』『女掏摸お富』『妖盗葵小僧』『密偵』『お雪の乳房』『埋蔵金千両』の全七篇。」

 

女掏摸お富

 鼻のあたまへほくろをつけた女を飛鳥山近くで見た仙右衛門と平蔵。仙右衛門は、たしかに、ほくろなぞなかった、あの女房には、と巣鴨追分の笠屋の女房を思い出していた。前日平蔵は鼻のあたまにほくろのついた女が掏摸を働いた話を聞いたばかりであった。平蔵は笠屋に出向くと、こちらの女にはほくろがない。

 お富は捨て子で、掏摸の元締の霞の定五郎の養女になった。掏摸を仕込まれたお富だったが養父が亡くなると独り立ちした掏摸の市兵衛を訪ねそこで知り合った卯吉と店を出した。ところが店に昔の仲間がふらりと現れ、足を洗うなら餞別として百両出せと脅される。このため掏摸を再び始めたのだった。百両まであと20両足らず。それも遂に1日で達成した。

 が、それを平蔵と御用聞の文次郎はじっと見ていた。お富は昔の仲間に証文と引き換えに百両を渡した。仲間の男はその直後平蔵に召し捕られる。男は平蔵に洗いざらい話をし、定五郎一味はお縄につく。平蔵はお富をそっとしておくことにした。ところがお富のゆびは仕事をしようとお富を呼び、再び掏摸を働いた。平蔵はお富に手ゆびが死に世間へ戻ってくるまで臭い飯を食ってもらおう、それまで亭主にはうまくよく話しておくと言う。お富は泣き伏し、取り立てられた。

 

妖盗葵小僧

 ある時、粂八の船宿「鶴や」を訪ねた兄弟の話を粂八が聞き付けた。弟は「うちの身代を根こそぎ盗っていかれても、お千代の躰が無事でいてくれれば・・」と言った。盗みに入られ弟は嫁がおもちゃにされたのを見た。弟は被害を届け出なかった。嫁は老女中と外出した際、火事騒ぎの中で一人紛れ、身投げをしようとした。その時、平蔵と出会う。平蔵はあらましを聞き、旦那には内緒にすると言って返した。ところが夫婦で心中したと粂八が駆けこんできた。店に賊を入れた手代を調べると手代は一味ではない。また同じような事件が起きた。やはり店の中に招き入れた手口からすると、どうやら声色をまねる妖盗だということが分かった。3件目の被害で葵の紋の袴を身につけ徳川将軍の治世をせせら笑っていた。4件目も葵の紋の入った衣装を身につけて息子の妻を犯した。後年平蔵はこの時ほど辛く苦しかったことはないと述懐する事件だった。事件は続き、平蔵の他にもう一人火付盗賊改めとして桑原主善が就任した。しかし更に事件は続き被害者は奉行所に被害を届け出た。最初の手代が声色を自由に扱う男について平蔵に伝えた。その男が入った店の者からも話を聞き、人相書きを作ると、貸本やの亀吉であることが判明した。

 葵小僧はもとは尾張の役者の一人息子だったが鼻が醜かった。それでも茶汲女のしのぶという美女に入れあげ、搾り取れるだけ搾り取って捨てられ、逆上してしのぶを滅多斬りにした。天野大蔵に拾われつけ鼻を付けることで人相を全く変え女漁りに夢中になりながら女を犯すことで昔の憎悪を快楽に変えていった。葵小僧は日野屋の文吉の妻の味を二度味わい、文吉は平蔵に打ち明けた。文吉の家を張っていると、人相書きの男が隣家の鼻のひしゃげた醜男の鶴屋主人の下を訪れ、遂に葵小僧も亀吉も一網打尽となった。葵小僧は自らの仲間や盗人宿の事は一切口を割らないが犯した女のことだけはペラペラと喋った。調べられれば彼等の恥辱が白日の下に晒されることになる、ざまあみろという顔付をした葵小僧に平蔵は冷笑を浮かべ、その日のうちに妖盗の首を刎ねてしまった。独断にすぎると批判された平蔵だったが、ならば火付盗賊改めを廃止すればよい、と言い張り、上司の圧力にびくともしなかった。妖盗の毒牙に罹ったことを隠し抜いた女達とその家族がどれほど平蔵の処置を喜んだことか。