父子鷹《上》 子母澤寛

昭和61年4月10日発行

 

勝小吉は、小普請御支配石川右近将監の下屋敷に奉公に出ていた。何事も賄路次第で人はそれにより地位を築いていたという時代だった。小吉は分限者(おかねもち)男谷(おたに)家に生れたが、幼いころ、小普請役(無役の御家人)の勝家の養子に入った。実父・平蔵は小吉の御番入のために五百両を用意しようと小吉に言うが、曲がったことが嫌いな小吉はそんなこと迄して御番入をしたくない、生涯小普請(むやく)でよいと言う。小吉の実兄彦四郎は代官を信濃で務めており、任地に帰る予定だったため、小吉を連れて帰った。彦四郎は、同地で無法を働く岩松満次郎の名代桜井甚左衛門を召捕った。御支配石川右近将監は卒中で急死し、御支配は大久保上野介に交代し、二人は江戸へ帰った。小吉は祝言を済ませ、甲州石和の御代官増田安兵衛の御手附の番入り披露の酒宴が終った後、御手附の先輩格の大舘三十郎、金子上次助の2人から嫌がらせを受け、2人を打ちのめした。そのうちの1人金子上は脾腹が破れて死んでしまった。小吉は実家の離れ座敷を座敷牢として檻禁された。団野真帆斎から直心流の道場を継ぐよう言われた小吉だったが、座敷牢にいた頃、お信に赤ん坊が出来た。これが麟太郎である。父平蔵が死に、口煩い兄彦四郎が跡を継ぎ、小吉は近くの家で暮らした。父平蔵の妹阿茶の局の骨折りで、麟太郎は、一橋家の嫡男家慶の目通りが叶い、御対手役を仰せつかった。彦四郎の嫡子誠一郎は書院番となり、彦次郎は小吉に「流水不逆-為弟小吉-燕斎孝」との書幅を授ける。小吉は市井のごろつきから頼りにされる。巾着切と女軽業師が夫婦になり、太夫元から命を狙われる二人を庇う。刀剣講をつくる。小吉は凄腕の剣豪ながら破天荒な生き方を続けるが、麟太郎が成長するのに足手まといにならないよう気を付けている。春之丞君が突然他界し、麟太郎が小吉の下に帰ってきた。小吉は、麟太郎は青雲に乗ったのに踏み外して真っ逆さまに落ちて来たと嘆いた。彦四郎は、小吉も了解したので、麟太郎を連れて帰ったが、彦四郎が小吉を人間の屑とこけおろしたため、麟太郎は小吉の下に帰ってきた。精一郎が麟太郎に剣術を教え、学問は滝川靭負に習うことになった。麟太郎が犬に急所を咬まれて大怪我をしたが、小吉の命がけの看病で一命を取り留めた。小吉に水心子秀世が名刀を差し出し、条件次第で小吉に譲り渡すとの話をしている最中、この犬が現れ、小吉は咄嗟にこの刀で犬を真っ二つにした。刀をダメにした代わりに小吉は水心子が持ち込んだ頼み事を引き受けるものの、不首尾に終わった。銭座の役人大瀬熊之丞が小吉に座敷を開けろと無茶を言うので、小吉が懲らしめる。小吉は道具市や切見世で用心棒をやりながら借金を返した。