螢草《上》 葉室麟

2017年6月10日発行

 

風早家に住み込み女中として働き始めた菜々は、実は武士の娘だった。父安坂長七郎は鏑木藩藩士で、城中で口論になり刃傷沙汰を起こし切腹したため、これが明るみに出ると難儀に巻き込まれるかもしれない、と叔父に言われていたので秘密にしていた。父の喧嘩の相手の名は轟(とどろき)平九郎。どんな男だろうと思っていた。菜々は実家に月1回野菜を貰いに行った。その帰り道に空腹で動けない浪人と出会い、団子をねだられて、なけなしのお金を使って団子をご馳走した。浪人は壇浦五平衛と言い、剣術指南役に取り立てられる予定だとのことで、その際は礼をすると言われた。ある日、風早家の当主・市之進に一人の男が会いに来た。それが轟だった。轟は市之進に何かを迫っているようだった。菜々は敵討ちのために剣術を習おうと決め、先日召し抱えられた壇浦を訪ね、先日の団子代を稽古料として月1回で5年間習うことにした。壇浦の元で密かに剣術を習い始めると、労咳を患った妻の佐知のために人参を手に入れようとして市之進に頼まれて茶碗を持って質屋に出かけ、見事な駆け引きで10両を借り出した。壇浦は菜々に、市之進は藩政を立て直そうとする改革推進者だが、それを妨害しようとしているのが轟で、轟が市之進の屋敷に来ているとすれば油断してはならないと言付けた。菜々に露草の別名が螢草だと教えてくれた市之進の妻の佐知は他界し、菜々は佐知の遺言通り、自分が市之進や子供たちを支えていこうと決意した。そんな折、市之進は轟の罠に嵌り、轟の闇討ちを画策した首謀者と見做されているのを知った。市之進は、深夜、菜々を呼び、菜々の父長七郎が切腹に追い込まれたのは、大殿の放埓は日向屋からの裏金が元で、その証拠を握ったためではないか、そのため轟が長七郎を切腹に追い込んだのではないか尋ねた。菜々には心当たりがなかった。長七郎は菜々に、もしかしたら江戸に呼ばれて戻ってこれない時は2人の子供たちを頼まれてほしいと願った。また佐知の遺言で菜々を後添いに考えてほしいと言い遺していたことも伝えた。