竈河岸(へっついがし)髪結い伊三次捕物余話 宇江佐真理

2018年10月10日第1刷発行

 

帯封「『これからもずっと、宇江佐さんの世界に浸っていきたい』杏(解説) 200万部に迫る人情小説シリーズ〈最終巻〉」「私が江戸時代の人々に魅かれるのは、誰しも現実を直視して生きているからだと思います。与えられた仕事を全うする姿勢が清々しいのです。宇江佐真理 髪結い伊三次シリーズ全15巻は文春文庫にて好評発売中」

裏表紙「息子を授かった町方同心・不破龍之進は、仲間の反対を覚悟しつつある決断をする。一方、貴重な絵の具を盗まれた伊与太は、家族にも知らせず江戸を離れ―髪結いの伊三次と深川芸者・お文の恋から始まった大傑作シリーズ、感動の最終巻。子供を育み、年をとる。こうして人の世は続いてゆく。(『擬宝珠(ぎぼし)のある橋』収録) 解説・杏」

 

「空似」は、伊三次とよく似た伊三郎とすれ違った同心の龍之進の妻きいが、伊三郎が隠居殺しの下手人として調べられていると聞き、龍之進にそんなはずはないと言ったのが契機となり、別の下手人を探してみると、武家が下手人だとわかったというのが基本ストーリ―。それに、かつて薬師寺次郎衛と言われた極悪人が今は駄菓子屋の親仁をしていて、知っている者からすれば同一人物なのだが、知らない者にとっては瓜二つというサブストーリーが組み合わさっている。

「流れる雲の影」は、きいが友之進の妻いなみの代わりに与力の妻らが集まって行われるお茶会に参加するが、いじわるなうめの言葉に我慢がならず咬みつく。そんなきいが帰りがけに叔父夫婦の家を訪れると、裏店に寄せ場帰りの佐平の様子を覗き込む幼いおとせの姿を見かけ、叔母のおさんから事情を聴くと、おとせは孫で、今年の春に戻ってきた祖父の佐平の様子が気になってしょっちゅう様子を見ているとのこと。その話を聞いた龍之進が佐平におとせの事を伝えると、二人の交流が始まった。まもなく佐平は病で亡くなるが、亡くなる前に息子や孫に看取られて亡くなった。そんな姿を見て、きいは自分を幼い頃に捨てた母の事を思い、二人の交流を知って母を許す気になったというお話。

「竃河岸」は、友之進から日本橋か神田辺りで小者が誰かいないか尋ねられた龍之進は次郎衛の名を出した。もっとも仲間達から反対されたら無理だとも分かっていた。そんな次郎衛をいなみときいは駄菓子屋で見に行くことに。仲間の同心が集まり龍之進が次郎衛を小者にしたいというが、一人(喜六)だけ強く反対した。喜六を連れて次郎衛の店に連れて行った鉈五郎は、次郎衛と喜六のやり取りの中で、かつて喜六が一緒にばかをやった仲間であり、喜六が手籠めにした娘達の始末をつけたのは誰だと思っていなさると次郎衛からやり込められるのを見た。龍之進は鉈五郎に借りが出来た。次郎衛は竃河岸の親分と呼ばれることに。

「車軸の雨」は、増蔵の子分だった正吉が、増蔵が十手を返上するため、次郎衛の子分になった。次郎衛が不在中に店に来た叔父がお家の一大事だと言付けて来た。次郎衛は元は旗本の息子だったが絶縁されていたものの、嫁のおのぶを残して実家に戻ると、なかなか次郎衛は戻ってこなかった。侍に戻れば別れるしかないと思い詰めたおのぶだったが、次郎衛が雨の中を無事戻ってきた。車軸の雨とは平家物語で出てくるそれほどに太く激しい雨のことだと言いながら。ぴかぴかに研かれた出刃包丁を見つけた次郎衛がおのぶの心を察知して優しい言葉をかけるというお話。

「暇乞い」は、伊三次の息子伊与太が主人公。絵師になるため歌川国直の下で修行中。幼馴染の茜(友之進の娘)は、現藩主道昌の嫡子良昌の側室のため上屋敷に登ったが、良昌は病で亡くなり、茜は不祥事を起こして下屋敷に移された。そこには前藩主の五男として生まれた昌年がいた。昌年は絵の才があり、茜の幼馴染の伊与太に興味を持ち呼び寄せ、土産に絵筆と紅と藍の絵の具を持たされた。ところが兄弟子の芳太郎が藍の絵の具を盗み出して仕事に使ったのを知り、伊与太は国直に弟子を辞めさせてくれと飛び出して北斎の下に向かう。貰った藍の絵の具は北斎にあげたかったが紅の絵の具しかあげられなかった。北斎は結髪亭北与の雅号を与え北斎の弟子として信州で北斎の代わりの仕事をさせた。国直は北斎から藍の絵の具のことを聞き、芳太郎が藍の絵の具を持っていることを見て、すべてを理解した。皆それぞれがライバルで追い越してやろうと思う中でそれぞれ励むしかないと己を鼓舞しながら。

「ほろ苦く、ほの甘く」、「月夜の蟹」、「擬宝珠のある橋」、「青もみじ」が続く。青もみじはきいが幼い頃に良くしてもらっていた幼馴染の友だちが嫁ぎ先で大変な目にあい、その背景を舅の伊三次が調べ、幼友達と一緒に見舞いに行って励まそうとする、そんなときに互いに旦那はよく言わないが、舅や姑は協力してくれる、というほんのりと温かいお話。