幻の声 髪結い伊三次捕物余話 宇江佐真理

2000年4月10日第1刷 2015年12月20日第24刷

 

裏表紙「本業の髪結いの傍ら、町方同心のお手先をつとめる伊三次。芸者のお文に心を残しながら、今日も江戸の町を東奔西走…。伊三次とお文のしっとりとした交情、市井の人々の哀歓、法では裁けぬ浮世のしがらみ。目が離せない珠玉の五編を収録。選考委員満場一致でオール読物新人賞を受賞した渾身のデビュー作。解説・常盤新平

 

「幻の声」は、伊三次が「梅床」十兵衛から飛び出して忍び髪結いの仕事をしていた時に、不破友之進に腕を認められて髪結として独立するまでを描くとともに、伊三次がお文とつかず離れず3年経ったところで、下手人の情婦が罪をひっかぶって名乗り出た事件の背景を、伊三次が髪結しながら情婦から聞き出し(下手人の声が父親の声そっくりだったため身代わりになった)、その情婦が伊三次の剃刀で自害するものの、お文はそれでこそ深川芸者の心意気を最後には見せてくれたというものだと言いながら、伊三次がなかなか所帯を持ってくれないことへの恨みを込めながら呟く姿を通して、二人の微妙な関係を描く。

「暁の雲」は、お文が、魚花のお内儀に収まったおすみにいつか相談事をしようと思っていた矢先に、魚花の旦那が川の中で死体となってあがった。久しぶりにおすみに会った時に思いのほか元気で威勢のいいおすみに何かしら違和感を抱いたお文だった。伊三次に捕物の仕事を辞めてほしいお文だったが、売り言葉に買い言葉で伊三次はお文のために捕物の仕事はやめると啖呵を切った。ちょんなことから魚花の旦那を川に沈めた男二人はおすみから金をもらって事件を起こしたことを知り、お文はおすみにどうして相惚れで一緒になった旦那を殺す気になったのか教えてくれと言う。すると、おすみは暴漢に襲われたことを正直に旦那に話したことがきっかけで2人の仲が急に悪化した。正直に話しをしていいことと悪いことがあるとおすみに言い、お文は伊三次に捕物を続けていいと言う。

「赤い闇」は、不破進之進が幼き頃から知っていた村雨弥十郎より、妻ゆきの火事好きが高じて不審火を起しているのではないかと相談され、お文や伊三次にそれとなくゆきを見張らせていた最中、お文が自ら手を下すことができない仇討を果たすためにゆきが火付けをし、それを知った弥十郎が燃え盛る家に飛び込み、ゆきと弥十郎の二人が亡くなったというお話。

「備後表」は、伊三次が幼い頃母親のように可愛がってくれたおせいが縫う畳は備後表と言われて酒井雅樂頭の屋敷で使われるほど極上物だった。冥途の土産に屋敷に収まった自分の縫った畳を見せるために畳の入れ替え掃除のときにおせいを伊三次は掃除屋として連れて行く。曲者と間違えられお局が登場するが伊三次が子細を話すと、今後も励めやと励ましの言葉をかけてお咎めなしで収まる。友之進の煙草で焼けた畳もおせいの畳に切り替わった。菊を見ると伊三次はおせいを思い出す。

「星の降る夜」は、いい話だ。床を構え、お文と所帯を持つためにコツコツと貯めた30両。大晦日の夜、湯屋の帰りに家に着くと、紋付と銭が亡くなっていた。質屋で紋付を金に換えようとしたのが留蔵の手下の弥八だと分かると獄門行きだと嘯く伊三次に、友之進といなみはたかが30両で若い者の命を奪うことを何とも思わないことに憤り、友之進がいなみを身請けするために28両を用意したこと、そのために家宝も処分したことを明かし、伊三次は弥八を許すことにした。戻ってきたのは5両だけだったが、弥八は心から反省し、留蔵はお文にそのことを伝えた。