毎日が日曜日《下》 城山三郎

1991年4月10日発行

 

沖の息子がオートバイに乗っていた時に交通事故に遭う。足先が壊疽し足首を切断。しかし右足全体を切らざるを得なくなる。笹上は時間を持て余していたこともあり、沖の家族の面倒をかいがいしく見てくれるようになる。京都支店閉鎖の社命が下り、部下が一人もいないポストの本社に急遽戻る。元来は京都相談役(元社長)が主催するお別れ会に参加した後に帰京する予定だったが、一日も早く帰京するよう急かされてそれに欠席して大急ぎで帰京するが、帰ったら本社の輸入品の事故処理という仕事があてがわれた。隠然たる力を持つ相談役の機嫌すらも損なった。それでも働き続ける沖。タンカの事故で綿実が水を吸い1500トンの綿実をどう始末するか。保険はきかない、ダメジ屋も引き取らない、ごみ処分として引き取ってもらえない、海上投棄するにも基準を満たさない等々、ほとほと処理に困り果てていた。笹上が助っ人に登場して艀(はしけ)に積み燃やしてしまう方法が浮上した。が燃やす現場に到着すると、艀以外は燃やすことができないという。理屈をこねて東京で発生したゴミとすることで手数料を払って埋立地に埋めた。一大事業が終わったと思うと、病院から息子が姿を消してしまった。急いで病院に駆けつけると、義足で銀座まで一人で歩いていて元気な姿にホッとした。家に帰ると、相談役から虎の皮が送られていた。お礼の電話を相談役にかけると、“きみのようにまじめな兵隊が大勢居らんと、うちの会社、いやは保たんのや”と言われた。

 

最後に登場する「兵隊」という言葉が生々しい。これが作者のきっと言いたいことだったんだろうと思う。企業戦士というが、商社勤めのサラリーマンこそ“兵隊”の称号に相応しい、と言ったら失礼か。かなり昔の小説だがベストセラーとなり、毎日が日曜日はいまでいう流行語になったそうだ。