愛猿記《上》 子母澤寛

1991年4月10日発行

 

愛猿記

著者の友人が箱詰めで一匹の猿を著者に送ってきた。ある病院の院長が買って檻に入れておいたら檻を破り夫人の頬へ深い疵をつけ、薬局長が貰い受けると鎖を切って箱を抜け出して向側の蕎麦屋で大暴れし、獣医の所にやってきた後も近所の子供を咬んだり手がつけられない猛猿だった。家に来た初日は静かにしていた。翌日猿飼いの名人を知り、猿回しの元締めに話を聞きに行く。猿廻しの話をひとしきり聞き、普通の猿廻しでは使いこなせない猛猿が著者にすぐに懐いた姿を見て、猿を飼うコツを伝授された。一番最初にこ奴には叶わないと思い知らせなくちゃならないから、首ねっこを口で力いっぱい5分程咬みつくと猿は降参すると教えられる。家に帰ってから、猛猿の首へ咬みついた。3分程して歯を放すと、猿がひどく優しい長子で抱きついてきた。痛々しくて可愛らしくて涙が出て来た。夜、寝ている隙に猿が家の中で大暴れしていた。布団の上皮が引き破られ、綿がちぎれちぎれに四辺一面に抛りつけてあった。しかも堅い糞が数え切れない程に散らばり、そちことにおしっこの跡も歴然としていた。家内は隣室に退避した。立つことを何十回も教えると、立って歩くことを覚えた。風呂に入っていると、一緒に入りたそうにしていたので一緒に入れてやると、丸い糞が5つも6つも浮かんできた。ある時、猿が、私が「どうして-」と言うと、ぺこりとお時期をして「すいません」をやるのに気がついた。ある時は書き終えた原稿を無茶苦茶に咬み破りその辺に散らかし糞とおしっこで大変な騒ぎになったこともあった。猿が前歯で生卵に穴を開けて中身を吸い出した。バナナは皮を剥いて食う。糞がきたなくて臭いものだと教えるために、バナナに糞を附けておく。臭さがなくなるといつの間にか食べてしまうので、葡萄の中身を吸出し、皮だけにしてその中に糞を詰めた。20個程作り、猿は口に抛り込み、口の中へ戻して食べる習性があるので、食べると自分のうんこ。次のもうんこ。次のもうんこ。この時の猿の驚愕と狼狽は筆舌に尽くし難い。著者も堪らなくなり「吐き出せ」と一緒に狼狽した。米糠でも同じことをやると、そのうち滅多な事ではうんちやおしっこをしなくなった。冷や飯でなく温かいご飯を握ってやると、冷や飯を食べなくなった。鵠沼に連れていった際、翌日に事件を起してしまった。隣の家の庭のたわわに実った葡萄の実をむしり取ってしまった。拳骨で顔を殴ったから唇から血を流していた。可哀そうになった。盃に5杯くらいの寝酒を飲むようになった。猿は著者が外出中に死んでしまった。寿量品を抱かせ、丹羽の青桐の下に穴を深く掘って埋めた。

 

他に「猿を捨てに」「悪猿行状」「嫁えらび」「三ちゃん追悼記」「追慕」が収録。