真実一路(下) 山本有三

1986年1月 初版発行

 

冒頭に《若い読者に贈る言葉》として「個性というのはけっして自己をあらわすことではない。自己を通してあらわれるものをいうのである。」(山本有三『芸術は「あらわれ」より』から)が掲げられていた。良い言葉だと思う。

 

父の遺書

 義夫の父義平が亡くなり、「しず子」宛の長文の手紙が綴られている。但し途中で途切れている。遺言書には元妻むつ子にも500円を分配(しず子に2000円、素香に500円)とあり、家屋・有価証券は義夫に書きかえることとある。

 

真実の母

 角井と遊んでいる義夫の前にむつ子が突然現れ西洋料理のお店に連れていく。角井から後であの女性はおかあさんだろうと言われて義夫は否定する。

 

手術

 素香はむつ子の愛人隅田と会う。隅田は自分に愛想をつかして子どものところに帰るのが一番だという。義夫が手術することに。

 

母かえる

 義夫は慶応病院で盲腸の手術を受ける。むつ子は病院にかけつけ看護婦の代わりに看病する。素香は義夫におばさんではなく本当のお母さんだと告げる。

 

税金

むつ子は隅田と別れて義夫と一緒に住む。義夫は当初「おばさん」と呼ぶ。次第に「おばさん」とも言わなくなる。が、「おかあさん」とも言えない。義夫は角井からお金をせびられ断れない。女中のガマ口が無くなる事件が起きる。

 

その夜

 しず子の銀入れも紛失した後、義夫が母のハンドバックからお金を盗もうとする現場を目撃する。義夫は理由を言わない。むつ子は義夫とイカオ温泉に出かける。

 

湯の宿

 同じ温泉宿に隅田が泊まっていた。むつ子は偶然隅田の姿を見かけて挨拶したが、隅田は追い返す。義夫も湯につかっている時に隅田と再会する。義夫がむつ子に隅田の話を持ち掛けるがむつ子は相手にせず。義夫が隅田の部屋に行くがすぐに帰って来る。義夫にむつ子は隅田が発明の仕事をしていることを教える。むつ子と義夫が温泉に行っている最中、しず子の家に隅田の債権者らしき人物が突然訪問し詐欺師だという。

 

預金帳

 義夫が隅田から聞いた話をむつ子やしず子の前でする。しず子は債権者が訪問したことをむつ子に伝える。むつ子は隅田のアパートに出向くと債権者が騒いでいる所に出くわす。

その後、しず子が管理している預金帳からむつ子は勝手に500円を引き出し債権者に渡してしまったことが発覚し、遺産をめぐって闘争が始まる。

 

ホトトギス

 むつ子は隅田の下に帰っていくが、隅田から虐待を受ける。素香は戻るようむつ子を説得するが、むつ子は戻らない。ホトトギスのように自分が育てるより他人が育てた方が義夫のためだという。

 

白い路

 義夫はしず子の針バコの中から、一枚の写真を見つけた。本当のおかあさんだと思い込んだが、学校の友達が同じ写真を持っていたので喧嘩となった。その写真は女優のブロマイドだとわかったが、義夫はおかあさんだと思って手紙を2度書くが、勿論返事は来ない。

 不良を更生させたことのある宗教家に義夫のことを見てもらうとお願いしても、身内が教育するのが一番だと言われて拒絶される。そんな中、隅田が服毒自殺をし、むつ子は後追い心中した。むつ子は素香としず子に遺書を残す。“義夫のことをくれぐれも頼みます。母になるのは何でもないことだが、母であることはなかなかできることではない″と。

 

 上巻は義平の、下巻はむつ子の、それぞれ別の真実一路の旅を描いた作品。義平のように本当の子ではない子を実の子と変わらず愛し、むつ子のように人に迷惑をかけようとも自分に忠実に生きる、それぞれ決して交わることのない「真実一路」。

 北原白秋の「巡礼」という詩「真実、あきらめ、ただひとり 真実一路の旅をゆく」と登場人物が重なるとの指摘が巻末の解説にあった。なるほど。それから、三鷹駅近くに三鷹市山本有三記念館があるらしい。今度足を延ばして見てみたい。