法と言語 碧海純一

なかなか難解です。
英米法では、尨大な証拠法が歴史的に生成し、それとの関連において、事実認定の論理過程がやかましく論ぜられてきた。それに対して、自由心証主義をとる大陸法系諸国では、事実認定の領域はややもすれば裁判官の直観的な「勘」にゆだねられる傾向があった。少なくとも、法解釈学の精緻をきわめた発展とくらべると、この領域での研究が量的に乏しいことだけははっきりいえよう(209p)。