男子の本懐 城山三郎

あの時代、軍部の独走を経済的に封じるために、金本位制を取り戻し、緊縮財政を貫こうとして、首相浜口雄幸(おさぢ)と蔵相井上準之助の、二人の信念を貫いだが故の、暗殺事件で命を落とすまでの、長編経済小説である。浜口が銃弾に倒れた直後の言葉「男子の本懐です」が、タイトルに。

 

浜口の人柄を忍ばせるエピソード

 浜口は、演説会場を回るごとに、一々その会場にふさわしい演説の草稿をつくった。そして、いったん約束した場所へは、どんな僻地でも、たとえやむを得ない事故が起こっても、必ず出かけて行った。一度は、ある山村で、夜十時に演説会を開くはずであったが、車の故障のため間に合わなくなった。だが、浜口はあきらめず、深夜の山道を歩き、午前2時に会場にたどりつき、まだ残っていた人々の喝采を浴びた。

井上の読書好き

 洋書だけでも千五百冊余あり、目録づくりが一仕事でったが、その洋書がさらに年間百冊から二百冊ふえ続けた。経済はもとより、政治、外交、それに歴史や伝記類も多い。ロングフェローディケンズ全集、ウェッブ全集なども。また興味のある問題については、関連の書物を買い集める。青年団に関係するときには、世界各国の青年運動についての本をとり寄せた。井上は、こまめに、気軽に本を読む。鉛筆で短い批評や感想を書き込みながら。朝起きてすぐ読み、食前食後に読み、ベランダの椅子で読み、廊下で読み、客間のソファで読み、居間に坐って読む。車中で読み、人を待つ間に読み、寝る前に読む。・・

「常識を養うに読書の必要はないかもしれぬ。そしてまた日常の事務を処理して行くのにも読書の必要はない。しかし、人をリードして行くには、どうしても読書しなければならぬ。」あるいは、こんな風にもいった。「明日起こってくる問題を知るためには、どうしても読書しなくてはならぬ」

 

偉い人達である。高橋是清の小説を以前読んだときに高橋是清のことを尊敬したが、井上の上記政策から金再禁の政策に転じた蔵相だったことを知り、複雑な心境ともなる。

本当に多方面から勉強せねば。一面だけ見ていては、いつまでたっても、物事の本質、人の本質をつかむことなど永遠にできないものだ。もしかすると永遠にできないのかもしれない。