現代語訳 福翁自伝 福澤諭吉 齋藤孝編訳

2011年7月10日第1刷発行 2020年11月10日第16刷発行

 

表紙「…それから子ども心に考えてみて、兄さんのいうように殿様の名の書いてある紙を踏んで悪いと言えば、神様の名前のあるお札を踏んだらどうだろうと思って、人の見てない所でお札を踏んでみたところが何ともない。『ウム何ともない。こりゃ面白い。今度はこれを手洗いに持って行ってやってみよう』…」

表紙裏「『学問のすすめ』『文明論之概略』などを著し、慶應義塾の創設にも力を尽くした近代日本最大の啓蒙思想家・福澤諭吉。その自伝のエッセンスが詰まった箇所を選出し現代語訳。激動の時代を痛快に、さわやかに生きた著者の破天荒なエピソードが収められた本書は、近代日本が生み出した最良の読み物のひとつであり、現代日本人が生きる上で最高のヒントを与えてくれるだろう。」

 

第一編 幼少時代

     漢文の本の中に「喜怒色に形わさず(喜びや怒りを表に出してはいけない)」という一句を読んだ時にはっと思って・・終始忘れないようにしてこの教えを守った。

第二編 長崎遊学

第三編 大阪修行

     諭吉の『諭』の字は、1834年12月12日の夜、私が誕生したその日、父が長年欲しがっていた『上諭条例』の『諭』の字を取って名にしたと母から聞いた。

     伊藤東涯先生が自筆で書き入れをした『易経集註』13冊は天下稀有の書なり、子孫謹んで福沢の家に蔵むべし、と父が蔵書目録に書いたので、今でも私の家にある。

     生まれつき酒を嗜むというのが一大欠点。幼少のころから酒が飲みたいばかりに月代(さかやき)を剃らせていた。

第四編 緒方の塾風

     いまだかつて枕をしたことがない。というのはほとんど昼夜の区別がない。日が暮れたからといって寝ようとも思わず、しきりに本を読んでいる。読書にくたびれ眠くなってくれば、机の上に突っ伏して寝るか、あるいは床の間の床側を枕にして寝るかで、今まで本当に布団をしいて夜具をかけて枕をして寝るなどということは、ただの一度もしたことがない。

第五編 大阪から江戸へ

第六編 初めてアメリカに渡る

第七編 ヨーロッパ各国に行く

第八編 明治維新のころ

第九編 暗殺の心配と様々な試み

第十編 金銭について

      私は若い時から「困った」ということを一言でも言ったことがない。

      およそ人の志は、その身の成り行き次第によって大きくもなりまた小さくもなるもの。

第十一編 品行と家庭、そして老後

      すべて極端な事態を想像して覚悟を決め、まさかの時に狼狽しないように後悔しないようにとばかり考えています。

      私の生涯のうちにやってみたいと思うところは、全国男女の気品を次第次第に高尚なものに導いて真実文明の名に恥ずかしくないようにすることと、仏教でもキリスト教でもいずれにてもよろしい、これを引き立てて多数の民心を和らげるようにすることと、大いに金を投じて形あるもの形ないものの高尚なる学術を研究させるようにすることと、およそこの三カ条です。

 

福沢諭吉という人物に対するイメージがガラリと変わった。お札のイメージから勝手に謹厳実直という印象を抱いていたが、豪放磊落である。無類の酒好きというのも面白い。色んな書物を読んでみないと分からないものだ。