蒼天見ゆ《下》 葉室麟

2019年6月10日発行

 

お文と東京に出て来た六郎だったが、どうやら東京に出ているとの話が追い払うための嘘だったようだ。お文が借りた貸家で一緒に暮らす。熊谷で裁判所雇員の口を見つけて転居。ある時、ふとした用事で家に戻るとお文が六郎の見張り役を務めさせられていた事実を知った。銀座を歩いていると新聞記者の犬飼毅から声を掛けられた。東京日日新聞の福地源一郎と郵便報知新聞の犬飼の従軍記事が話題になった後のことだった。犬飼は記者のカンで六郎には抱えているものがあると感じ取ったようで、食事をしながら、どうして西郷が負けたのかを聞かされた。これからは敵討など古い、政府を過ちは言論で糾すのだと諭すが、物別れになる。六郎は行く先がなく鉄舟を訪ねたが、鉄舟の妻から、お文が六郎を裏切っていたことを明かしつつ訪ねてきたことを知らされてお文を訪ねる。秋月藩士を頼って一瀬の消息を探ると、甲府を本拠に時々京に上っていることを聞き出す。そんな折、一瀬が東京に上等裁判所の判事として舞い戻ってくる話を文が聞き付ける。がその直後お文の家にいた六郎が一瀬の回し者に襲われ、京橋の家に転居する。そこにある日妹のつゆが現れる。叔父から敵討をやめるよう頼まれていた。が母を殺した仇が今も秋月にいることが悔しく、仇が一瀬だけでないこと、一緒に兄を手伝いたいと申し出る。つゆの働き口として秋月元藩主を訪ねて働かせてもらう。裁判所から出てくる人力車の中に一瀬を認めると六郎は追いかけた。西洋料理店に入っていった。帰りを襲うつもりでいたところ、一瀬ではなく勝海舟だった。鉄舟から修行不足だと窘められた。騒ぎを聞きつけた一瀬は裏から逃げていった。一瀬は自らが狙われていると感じ、以前の貸しを返してもらおうと飛葉屋の刺客を使うことに。六郎は3台の人力車に取り囲まれ、そこに巡査も登場したが、別の人力車に乗った勝が偶々現れて間一髪六郎の窮地を救う。刺客は京橋に家にも現れ、お文は刺客が来たことを帰宅途中の六郎に大声で伝えて斬殺される。元藩主の屋敷を訪ねるかもしれないとの期待を抱いて六郎が2階で待ち構えていると、上機嫌で2階に足を運ぶ一瀬だった。亘理を斬殺したことを知った上で面会した大隈にその豪胆さを買われて更なる出世の道を確信した直後のことだった。2階にいるのが六郎だと一瀬に告げる者がいない中、六郎は敵討を遂げ、そのまま警察に出頭する。「父上、母上、やりましたぞ」と空を見上げたが、蒼天は見えず、曇天のままだった。終身刑判決を受け、投獄された。森鴎外が旅で軽井沢に休養していた時、判事を務める木村が鴎外と会話する。六郎を旧弊と言いつつ、悪いのは時世であり六郎ではないという。木村は恩赦でまもなく六郎が釈放され自分も狙われるのではないかと怯えていた。鴎外は『みちの記』にこの小旅行を書き残す。33歳で釈放された。星亨が殺害され日露戦争で子どもを残して死んでいく者たち。どんなことをしてでも生き延びることが大事だと言う市井の声を聞く。田舎に帰って妹つゆに再会した時、青空が広がっていた。つゆは『わたくしたちは生き抜いてきたのですから、それでよかったのだと思います。父上も母上も喜んでいらっしゃると思います』と語る。

「そうだろうか、と思いながら、六郎はふとホームから海峡を越えて見える門司の街に目を遣った。九州の上に青空が広がっている。どこまでも吸い込まれそうな蒼穹を見つめる六郎の目から涙があふれた。そうか、蒼天は故郷の上にあるのだ。生き方に悩み苦しんだならば、故郷に戻り、空を見上げればよかったのだ」 六郎はその後妻を娶り、饅頭屋、駅前待合所を営み、59歳で亡くなった。

 

巻末の北上次郎の解説によると、本書は「日本最後の仇討ち」という実話をもとにした長編小説。仇討ちを終えた六郎は終身刑で服役するものの恩赦で33歳で釈放。大正6年没。藤原竜也が六郎を演じたドラマや吉村昭「最後の仇討」(『敵討』)がある。