黙示《上》 真山仁

2020年11月20日発行

 

プロローグ

静岡県の茶園で養蜂教室の講師を務めていた代田悠介は、農薬を散布するラジコンヘリを目にした。子供達にすぐ避難するよう指示する一方でカメラのシャッターを切り続けた。が幾人かの子供達は農薬にあてられ声も発てずに痙攣していた。日本大手農薬メーカー大泉農創は、自社製品に対する苦情への対応協議のために会議を開いていた。会議終了直後、平井宣顕は妻から電話で息子顕浩が養蜂教室で農薬を吸い込んで意識不明の状態で病院に運ばれたと聞かされる。

テレビ番組の撮影場面の中で、秋田一恵は山風地区の稲から放射性セシウム濃度が政府の暫定規制値を超える約250ベクレルの数値が検出されたため全ての稲を刈り買い上げて保管することを告げる。経産官僚上がりの農林水産大臣からのバットニュースだから公表せよとの職務命令を受けての理不尽な通告だった。秋田は恩師と仰ぐ人物の “官僚とは、土だ。全ての実りの礎だ。コメのための土になれ”との言葉を思い出した。

第1章 ピンポイント

ラジコンヘリで撒く農薬は、通常は1000倍から4000倍に希釈するものを8倍から16倍で散布するため、人体に甚大な影響を及ぼす。吸引となると全身に回るため厄介だった。病院に着くと自社製品の”ピンポイント”だったことが分かる。息子は意識を取り戻す。会社からの電話で老人がコントローラー操作を誤りラジコンヘリ暴走させたことが原因であったことを知る。病院での処置に貢献する。代田はテレビ番組の中で“農薬は放射能と同じ。農薬の恐怖は放射能以上”とコメントする。代田は直後、激情に駆られた己の発言を悔やんだ。

食料戦略室に復帰した秋田は、テレビ番組で城田のコメントを聞き愕然とする。安全管理課係長に秋田は懸念を伝えるが一蹴される。放射能対策で手一杯で農薬事件どころの騒ぎではなかった。

平井の息子が重篤に陥ったのは化学物質過敏症という体質に起因していた。大泉農創は社長以下の記者会見を開き、ピンポイントの被害者でありかつ開発責任者のアグリ・サイエンス研究開発センター第一研究室次長の平井の固有名詞を告げた。

 秋田と印旛が大臣室に呼ばれ、TPP協定批准後の日本の農業のあり方を考えるプロジェクトチームの実行部隊を秋田に任せる、食糧戦略室の人員を10倍にしてたたき上げの農政のプロばかりを集めて印旛が束ねるという。

第2章 ライフスタイル

 平井は懐疑的に思っているGMO(遺伝子組み換え作物)の開発に力を注ぐアメリカのトリニティ社が開催する研修に不参加を表明していた。本社ビルの社長室に呼ばれると、疋田社長は、平井に社長室直轄のSCR推進室の室長就任を打診し、自社製品に誇りを持つ人物こそがその任に当たるべきだと伝える。平井は研究バカでとても務まらないと固辞するが、決定事項として辞令を下す。

 かつての秋田の上司米野太郎が農林水産省に戻ってきた。

 ミツバチのいないいない病は、ネオニコチノイド系の農薬により帰巣本能が狂わされた結果だと知った露木や代田はそれを農水省に提示したが、農水省は原因不明で貫いている。そのため今回の代田コメントは劇薬的発言として必要だったと露木は代田を慰める。そんな折、必殺仕分け人の異名を持つ女性代議士から代田に電話がかかり、パネルディスカッションへの参加を促す。