太陽の棘《下》 原田マハ

2022年11月20日発行

 

沖縄に台風が上陸して基地内のコンセットが吹き飛ばされ、ニシムイの芸術家たちを心配するウィルソン。ニシムイの画家タイラの妻メグミが軍人向けのバーで働いているのをジョンから聞いたウィルソンはジョンとバーに出掛けた。確かにメグミだった。タイラに内緒で働いていたメグミはウィルソンに見つかったのでもうここでは働けないという。何も見なかったことにしたウィルソンとジョンだったが、メグミはバーを辞めた。ウィルソンに会いたいと訪ねてきた男がいた。ゲートで不審者扱いされて酷い暴行を受けた。入口の守衛からウィルソンにタイラという沖縄人を知っているかと聞かれ、現地人との交流が禁じされている軍則が頭をよぎり知り合い程度で誤魔化そうとしてその男がどうしたのかと尋ねると、ここにいる、ウィルソンに渡したいものがあると聞かされ、友人であることを認めてゲートに向かった。信じているものを踏みにじってしまった自分に会いに来てくれたことに涙が込み上げた。タイラはウィルソンの肖像を描いたカンヴァスをウィルソンに届けにきたのだった。タイラは絵を届けるのを皆に反対されながらも、死んだっていいんだ、届けられないなら死んだ方がましだと言って命の危険を顧みずにウィルソンを訪ねた。肖像画を見た院長が沖縄に卓越した技術を持った芸術家がいることに驚いた。沖縄の人々は芸能や芸術が殊更好きだし、表現力も抜きん出ている、なのにこの島固有の伝統文化は世界的に全く知られていないとウィルソンが言うと、院長はおしいことだと嘆いた。非番になり、毎週のようにウィルソンはアランとニシムイに出掛けた。ウィルソンは絵を買ってはアメリカの実家にせっせと送り続けた。沖縄タイムス主宰の沖展が開催されることになり、ニシムイの画家たちがこぞって参加することになった。ニシムイの画家たちは内覧会を開き、ウィルソンに意見を求めた。以前、ウィルソンの何気ない一言で彼等の魂を踏みにじったヒガは再び絵筆をとって故郷の摩文仁の風景画を描いていた。アメリカや日本がめちゃめちゃにした場所だった。ウィルソンに出て行ってくれと絞り出すような声でヒガは呟いた。ヒガはあんたが嫌いだ、タイラが嫌いだ、ニシムイのやつらがみんな大嫌いだ。まぶしすぎるんだ、と苦渋に満ちた一言がウィルソンの耳に届いた。ヒガはタイラと同じ時期に東京美術学校に在籍しずば抜けた感性を持っていた。ヒガは自分が描きたいものしか描かない。それが生きていくたった一つの理由だった。なぜこんなにも私の心をとらえて離さないのか、ウィルソンはわかった気がした。心から沖縄を愛するようになっていたアランの帰国が決まった。アランは夥しい数のメグミの顔をスケッチしていた。ウィルソンだけに見せたスケッチブックだった。アランは1冊だけ持って帰るという。大切な、しばらくは刺さったままの、青春の棘だという。ウィルソンは自ら自画像を描き婚約者に贈った。帰国したアランがタイラに自画像展をやろうと誘った。ヒガも誘われた。タイラはウィルソンに自分の自画像をプレゼントした。あんたと一緒に連れて行ってくれと。再びタイラが仕事中のウィルソンを訪ね基地にやっていた。勤務中だったがウィルソンはタイラと一緒にニシムイに出掛けると、ヒガがメチルアルコールを飲まされて失明していた。メグミを乱暴しようとする将校からメグミを助けるために粗悪酒を無理やり飲まされた結果だった。ヒガは声にならない声で、殺してくれ、とタイラに言った。ウィルソンは将校のいる部屋に押し入り、将校を殴りつけ全治1か月の怪我を負わせた。ウィルソンはすぐに押さえつけられたが、告訴されずに済んだ。ウィルソンに帰国命令が出た。ニシムイの画家たちはウィルソンを心配して基地の入り口で座り込んでいた。院長が眼科のドクターを連れてニシムイに絵を見に出掛けた。院長は彼等のウィルソンの伝言として、この島が真に解放される日まで生き延びてほしいと伝えた。タイラから贈られたウィルソンの肖像画とタイラの肖像画を荷物に入れてウィルソンは船上の人となった。その船に向かって鏡で光を贈る7人のニシムイの画家たちがいた。

 

本作は精神科医スタンレー・スタインバーグ博士が1948年から50年まで沖縄アメリカ陸軍基地に勤務しニシムイ美術村の芸術家たちと交流した記憶のすべてを語ったことから生まれた。博士のニシムイ・コレクションは2009年、沖縄県立博物館・美術館へ里帰りを果たした。それを見た著者が物語を紡ぎ出した。どうやら史実らしい。巻末の佐藤優の解説で「私は日本人が書いた沖縄をテーマとする小説で『太陽の棘』がいちばん好きだ」とあったが、私も同じ感想を抱いた。