帰郷《下》 浅田次郎

2023年5月20日発行

 

「不寝番」は、富士の裾野で、陸上自衛官の片山士長と、帝國陸軍の仙波上等兵が出会う、過去と未来が交錯する幻想譚である。

「金鵄のもとに」は、ブーゲンビルで全滅した部隊の唯一の生き残りの染井軍曹が、偽の戦歴を騙り傷痍軍人を演じる男の物乞いをなじろうとするのをやめると、そこに傷痍軍人の上前をはねる顔男の久松が現れ、翌日は担ぎ屋で詐欺を働く男が登場する。そして軍曹は回想する。飢えた仲間が、お前の腹に収めて日本に連れて帰ってくれと言われて人肉を食い、それを見咎めた上官が処刑する場面を。そして久松も同じく仲間を食って己の肉になって日本に連れて帰った帰還兵の一人で、軍曹に己の体験を明かして「何としても生き抜かなきゃならねえんだよ」と語った。

「無言歌」は、海軍予備学生同士がそれぞれ見た夢を語り合う話。香田は恋人と夢で会った時の話をし、沢渡も夢の話をする。どうやら特殊潜航艇の艦内で命が尽きるまでの残りの僅かな時間で、最後に二人がチャップリン『モダンタイムス』の「スマイル」を無言で鼻唄で唄って、2人は誰も傷つけず、誰にも傷つけられずに人生を終えていったという話である。