沈黙の王 宮城谷昌光

2017年7月10日新装版第1刷

 

帯封「文字を創った王 わしのことばは、万世の後にも滅びぬであろう。傑作中国古代小説集」「古代中国へ誘う傑作短篇集!」

裏表紙「商王朝の王子・丁は、言葉の不自由のため、父王から追放された。しかし彼は苦難の旅の末に、目に見える言葉―文字を創造した。己のハンディを跳ね返し普遍的価値を生み出した高宗武丁を描いた表題作をはじめ、古代中国に材を取った「地中の火」「妖異記」「豊穣の門」「鳳凰の冠」を収録。みずみずしい傑作集。解説・湯川豊

 

沈黙の王

商(殷)王朝、二十一代目の王・小乙は、嗣子とした丁(子昭)に言語障害があったため、子昭の病が治れば帰還を聴す言った先王の言葉も付け加えつつ、追放を指示した。小乙は子昭に、野のどこかにいる甘盤と呼ばれる賢者に就いて正しい言葉を学ぶがよいと助言した。子昭和は、甘盤と出会ったが、初対面で、この人は私の真の師ではないと直感した。三年が過ぎ、開祖湯王が祀られたところへ向かった。湯王が夢に出た。汝の苦しみはわしでは救ってやれぬ。高祖が祭事をなさった都を目指してゆくがよい。わが言を疑ってはならぬと。言葉を探す子昭の旅は続き、奴隷狩りの兵に捕まった。説(えつ)という男も同じく捕まった。説は、子昭の内心の声が聞こえたかのように言葉を発した。この若者は傅説(ふえつ)と呼ばれるようになる。王の危篤の知らせを受け、子昭は都に戻ったが、傅説と別れ別れとなった。小乙は死去していた。子昭は即位して3年の服喪に入った。子昭は史書では「武丁」と書かれることが多い。傅説の肖像画を書かせて捜させ発見した。武丁が口を開き、傅説の口も開いた。「わしはことばを得た。目にもみえることばである。わしのことばは、万世の後にも滅びぬであろう」。こうして武丁は中国ではじめて文字を創造した。商王朝として最大の版図を有した。高宗武丁のことばは、いまだに甲骨文で見ることができる。

 

地中の火

后羿(げい)の族は中国大陸の十指に入る大族だった。后羿は中国で最初に弓矢をつくった。寒浞は猿に似た面貌を持っていた。寒浞は舟を造ることができたため、召し抱えられた。寒浞は弓矢で天下を制することができると考えた。中国で最大の族の夏后氏でさえ、弓矢を防ぐすべを知らなかった。半ば天下を掌握した后羿だった。寒浞は為政においても外交においても天才だった。寒浞は、射術の天下一の名人になることを夢想した后羿の配下の逢蒙を使って后羿を暗殺した。寒浞は人を使って夏王を暗殺させ、夏王朝を滅ぼし、寒浞の王朝ができた。史書にはほとんど明記されないこの王朝は四十年続いたが、夏の遺臣と夏王の遺児に攻められて滅んだ。

 

妖異記

太史とは王事の記録を行う者であり、占いにも長じていた。太史の伯陽は周王朝は滅びると発言した。周の幽王には正妃がいるが、褒姒を侍らせた。正妃は申后と呼ばれ、男児を出産した。幽王が軍略に優れた臣を呼び寄せようとした時、褒姒は虢(かく)公を推した。幽王から卿士に任じられた虢公は、褒姒が産んだ伯服を太子にして、褒姒を正后にすることを企てた。伯陽は「訓語」の中に、褒姒は竜の泡であり、黒いトカゲに化け、1300年ほど経た霊魂だとあった。正妃の申との戦いになった。申、鄶、西戎の連合軍に急襲され、周王朝は滅んだ。

 

豊穣の門

掘突の父・友は鄭国の君主である。友は鄭国を治めるのと同時に周王朝の重任を担っていた。周王朝は内憂外患を抱えていた。正妃の太子宜臼と褒姒の伯服という王位継承者が2人いたことと、正妃の太子を保護した申の君主が幽王に軍を差し向けたことであった。掘突が出立しすると幽閉され、隣の牢に褒姒が投げ込まれていた。褒姒は逃げたらしいが、牢内には得体のしれぬ泡が満ちて、トカゲが外へ出ていった。友の諡名は恒公である。宜臼は成周で喪に服した後、その間王朝の運営を見事にやり遂げた掘突に司徒(行政大臣)の高位を授けた。掘突は東虢の首都制邑を攻め落し、鄶も取った。中間の国々は掘突のもとに服属した。

 

鳳凰の冠

公室の支流で貴族の叔向(しゅうきょう)は、賢妻の叔姫の下で愛でられ大いに期待されて育った。母の期待を裏切らず、大学でも抜群の賢哲を示した。邢主の妹である夏姫の娘を34でまだ妻帯していない叔向は妻に迎えようとした。が叔姫が許さない。叔向は悼公の近くに侍るようになり、太子の彪(ひょう)の傅に任じられた。初めて彪を見たとき、これは弱い、と痛切に感じた。心気に張りがない。太子の心気を鍛えなおすべく、叔向は厳格な教育者になった。悼公は伯向の婦を決めると言った直後に死んでしまい、彪(平公)が即位した。叔向は正式に太傅に任ぜられ、夏姫の娘を娶った。叔向が活躍したこの時期は、鄭に子産、斉に晏嬰がいた。義に従い直なりとの評判を得た叔向は長き務めを終えて官職を去った。妻がかつて叔向が鳳凰の冠と呼んだ美麗な翅でつくられた冠を贈った。夏姫の遺品だった。