私の履歴書 碁打秀行 藤沢秀行

2004年11月20日発行

 

1 私の履歴書

大正14年6月19日横浜市生まれ。父69歳、母23歳だった。父はハマの相場師で、起倒流免許の腕前を持ち、将棋五段、囲碁三段の名刺を持っていた。戦後昭和21年春には大手合は再開された。日本棋院を脱退して囲碁新社が設立されて衝撃が走ったが、ほどなく元のサヤに収まったがショック療法のような効果はあった。7段に昇格しトップ集団に追いつき優勝を重ねるとタイトル戦にも初名乗りを上げ、初タイトルを獲得した。競輪で借金王とあだ名され、河野一郎さんや江田三郎さんとも親しくさせてもらった。不動産業に手を出し酒で失敗して留置場に入れられたこともあった。棋聖位を六期保持し、1億五千万円ほどの収入があったが、破産状態にあったため管財人が掌握して借金を返済した。書の個展を開くと大盛況だった。

 

2 折々の碁

法務大臣の稲葉修さんとはかれこれ40数年の付き合い。中国政界の囲碁同行者との親善交流のため近く訪中する。唯一頭のあがらない人である。