言語の本質 今井むつみ 秋田喜美

2023年5月25日初版 2024年2月10日8版

 

表紙「2024年新書大賞第1位 千葉雅也、水野太貴絶賛! ことばはどう生まれ、進化したか なぜAIは赤ちゃんに敵わないのか?ヒトの知性に深く迫る、壮大な冒険 第1位 東大・京大 早慶 新書部門2023年4月~9月各大学生協調べ」

裏表紙「この本はすごい。本当に画期的だと思います。オノマトペ研究をベースに言語と身体のつながりに向かっていくのですが、本書の議論と脳科学、あるいは精神分析をどうつなぐかとか、いろいろな思考の可能性が広がってきます。千葉雅也さん(哲学者)」ほか

 

目次

はじめに

言語という謎 記号接地という視点 言語の抽象性―アカを例に 言語の進化と子どもの言語習得の謎

第1章 オノマトペとは何か

オノマトペ」の語源 オノマトペの定義 感覚イメージを表すことば? 写し取っている記号? オノマトペは「アイコン」 オノマトペの写し取り方-アイコンと違う点 まとめ

第2章 アイコン性―形式と意味の類似性

単語の形のアイコン性 音のアイコン性―清濁の音象徴 続・音のアイコン性-その他の音象徴 発音のアイコン性 角ばっている阻害音、丸っこい共鳴音 赤ちゃんにもわかる音象徴 聾者の音象徴感覚 発音の仕方でアイコン性を高める ジェスチャーでアイコン性を高める オノマトペの脳活動 音象徴の言語個別性 日本語の音韻体系―ハ行、バ行、パ行 韓国語とポーランド語の音韻体系 他言語のオノマトペは理解可能か 音象徴の使い方は言語間で異なるのか まとめ

コラム1 主食は「パ」「バ」「マ」「ファ」「ワ」

第3章 オノマトペは言語か

言語の十大原則とオノマトペ 音声性・聴覚性 コミュニケーション機能 意味性 超越性 継承性 習得可能性 生産性 経済性―言語になぜ経済性が必要か 続・経済性-オノマトペと経済性原理 離散性 恣意性 二重性 まとめ

第4章 子どもの言語習得1―オノマトペ

子どもが小さいほどオノマトペを多用する 絵本の中のオノマトペ オノマトペは言語の学習に役に立つのか 音と形の一致・不一致がわかるか ことばの音が身体に接地する第一歩 名づけの洞察―ヘレン・ケラーの閃き クワインの「ガヴァガーイ問題」 単語が多義であることも学べる オノマトペ言語学習の足場 まとめ

第5章 言語の進化

言語の理解に身体性は必要か 永遠のメリーゴーランド AIは記号接地問題を解決できるのか 一般語と身体性 音と意味のつながり 隠れたオノマトペ オノマトペと日本語の方言 なぜ言語・地域固有性があるのか なぜオノマトペから離れたのか ニカラグア手話―アナログからデジタルへの進化 事象を要素に分割して結合する デジタル化するオノマトペの音象徴 意味の派生によってアイコン性を失う 脳の情報処理と言語 オノマトペが苦手な概念 言語の体系性 副詞>スル動詞>一般動詞 英語にオノマトペの体系がない理由 恣意性からアイコン性への回帰 「アイコン性の輪」仮説 オノマトペの歴史 まとめ

第6章 子どもの言語習得2―アブダクション推論篇

ガヴァガーイ問題再び 一般化の誤り―かわいい事例から 「ポイする」 オノマトペを疑う 最強のデータベース、身体を持つロボット ニューラルネット型AI―ChatGPT 記号接地できずに学べない子どもたち ブートストラッピング・サイクル 名詞学習 動詞学習 動詞のエッセンスへの気づき 記号接地問題の解決 知識を使う力 演繹推論、帰納推論、アブダクション推論 ヘレン・ケラーアブダクション推論 帰納推論による言い間違い アブダクション推論による言い間違い 誤りの修正 まとめ

コラム2 子どもの言い間違い

第7章 ヒトと動物を分かつもの―推論と思考バイアス

チンパンジー「アイ」の実験 非論理的な推論 動物はしない対称性推論 対称性推論のミッシングリンク ヒト乳児の対称性推論 チンパンジーの反応 「クロエ」とアブダクション推論の萌芽 人類の進化 まとめ

終章 言語の本質

本書での探究を振りかえる AIとヒトの違い 今井・秋田版「言語の大原則」

あとがき/参考文献

 

・昔から関心のあったテーマずばりに斬り込もうとしてくれている大変な意欲作です。人間の初期の言語獲得には身体性が不可欠ではないのか?それがゆくゆくは身体性と切り離されて言語が獲得できるのはなぜなんだろう?と考えていたところに、そのヒントはオノマトペにあるのでは?という新しい斬新な切り口で、言語学認知心理学の2人の専門家が私個人の悩みを解き明かしてくれようとしているのに驚きを感じました。

・音の処理は側頭葉の上側頭溝周辺が大事な部分を担い、言語の音の処理は左半球側、環境の音は右半球側の上側頭溝という役割がある。オノマトペは言語音と環境音の処理が並行して行われるのではないか。脳機能イメージングの手法を使ってオノマトペと一般語の情報処理のされ方の違いを調べると、オノマトペは外界の感覚情報をアイコン的に表現するが、その時、脳はその音を環境音と言語音として二重処理する。この二重性は脳がオノマトペを言語記号として認識するのと同時にジェスチャーのような言語記号でないアイコン的要素として認識していることを示唆している。オノマトペは環境音というアナログ的な非言語の音の処理とデジタルな言語の音処理をつなぐことばであるとも言える。

・言語の十大原則のうち経済性以外は、アメリカの言語学者ホケットが人間の言語と他の動物の言語のコミュニケーションがどう異なるかを論じた際に含めた指標である。①コミュニケーション機能②意味性③超越性④継承性⑤習得可能性⑥生産性⑦経済性⑧離散性⑨恣意性⑩二重性のうち⑨と⑩を除き、オノマトペは言語的特徴を有している。言語が恣意的なければならないかは2000年代以降は反対する考え方が増えており、言語が進退に繋がっていることを示す実証データが蓄積されるようになった。

・言語習得におけるオノマトペの役割は子供に言語の大局観を与えることと言える。

「一次的アイコン性→恣意性→体系化→二次的アイコン性」というサイクルによって当該言語の成人母語話者は抽象的な記号であることばに対して抽象性を感じず、空気や水のような自然なものとして身体の一部であるような感覚を持つに至る。このような図式が記号接地問題に対する答えになるのではないか。

・新しい知識を生むのは帰納推論とアプダクション推論であり、演繹推論は新しい知識を創造しない。帰納推論は観察される部分を全体に一般化するが、アブダクション推論は観察データを説明するための仮説を形成する推論である。物体は支えがないと落ちると言う結論は帰納的に導出できるが、この帰納推論からは「重力」という概念はどんなにがんばっても生まれてこない。アブダクション推論はなぜ支えられていないモノが落下するのかという現象に対して説明を与えるものである。ただこの二つの境界は曖昧である。

・ヒトの乳児はことばの意味を覚える以前から学習したことを逆の方向に一般化するバイアスを持っているのに対し、チンパンジーは対称性推論を行わない。ではヒトが対称性推論をするようになったのはなぜか。人間がもともと持っているアブダクション推論が目で派観察できない抽象的な類似性・関係性を発見し知識創造を続けていくというループの端緒になるのだと考えている。

・AIは記号接地を全くしてない。アブダクション推論がアナログの世界をデジタルの記号につなげ、記号のシステムを作り、それを成長させ、洗練させていくのではないか。

・言語の本質的特徴は①意味を伝えること②変化すること③選択的であること④システムであること⑤拡張的であること⑥身体的であること⑦均衡の上に立っていること。最後の言語の本質で筆者がホケットに対抗して言語の本質的特徴を整理している。但し何故にこの特徴があげられており、どうしてこの順序で記載されているのかの説明がないので、ここは消化不良でした。