スローカーブを、もう一球 山際淳司

昭和60年2月10日初版発行 平成23年11月30日旧版63刷発行 平成24年6月25日改版初版発行

 

裏表紙「たったの一球が、一瞬が、人生を変えてしまうことはあるのだろうか。一度だけ打ったホームラン、九回裏の封じ込め。「ゲーム」―なんと面白い言葉だろう。人生がゲームのようなものなのか、ゲームが人生の縮図なのか。駆け引きと疲労の中、ドラマは突然始まり、時間は濃密に急回転する。勝つ者がいれば、負ける者がいる。競技だけに邁進し、限界を超えようとするアスリートたちを活写した、不朽のスポーツ・ノンフィクション。」

 

目次

八月のカクテル光線

江夏の21球

たった一人のオリンピック

背番号94

ザ・シティ・ボクサー

ジムナジウムのスーパーマン

スローカーブを、もう一球

ポール・ヴォルター

 

表題作は第8回ノンフィクション賞受賞(81年)。

ノンフィクション作品と言われなければ、単なる小説として読んだと思う。そしてスポーツを取り上げた物語にありがちな、スポコンとは全く正反対の筆者に対して、で、結局何が書きたかったの?と印象を持ったと思う。

ところが、ノンフィクションという目で見た時、筆者の取材力や筆力もさることながら、取り上げた出来事が面白過ぎることを知った。公立で野球強豪校でもなく、監督も野球経験3か月しかない高崎高校が、もともと3番手ピッチャーだった川端俊介さんがサイドスローからオーバースローにフォームを変えたことでエースとなり、それでもスバ抜けた速球があるわけでもなく、しいて言えば、とんでもないスローのカーブを武器に、県大会で優勝してしまい、関東大会にも出場して準優勝し、センバツ出場を決めた。しかもスローカーブはここぞという時に使い、その直後に投げた速球は目の錯覚からバッターから早く見えるため、強打者をうち取っていくという頭脳派のピッチングが淡々と描かれている。

 

八月のカクテル光線

星稜対箕島の名勝負(1979) の一コマ。3対2で迎えた延長16回裏2死で起きた出来事、星稜の一塁手加藤直樹がファウルフライを落とした。グラブに当てて落としたわけではない。加藤は転倒してしまい、捕れなかった。この後、簑島に同点ホームランが生まれ、試合は振り出しに戻ってしまった。この名勝負の主審を務めた永野元玄さんも、優勝目前で落球をしていた。土佐高校準優勝時(1953)のキャッチャーで松山商業との決勝でチップした3ストライク目を永野さんが捕球していたら土佐高校は優勝だった。しかしおさまりかけたボールを永野さんは落としてしまい、9回に追い付かれてしまう。

その人にとっては一生人から言われてしまいそうな不幸な出来事だと思うが、そんな極限的なシチュエーションが過去にもあったんだと単純に驚く。歴史は繰り返すというのと意味が違うんだろうが、過去に同じようなことが起きたことがあると知っていれば、何かの役に立つかもしれない。