丸山薫詩集 上林猷夫編

昭和43年5月25日初版発行 昭和53年3月15日6版発行

 

編者解説によると、丸山薫は、明治32年6月8日、内務省の高級官僚の父と田原藩士出の母の四男として大分市に生まれ、祖父母の郷里豊橋の家で愛知四中(現在の時習館高校)卒業後、京都の三高から東大国文学科に進み、30歳の頃から雑誌新聞の求めに応じて詩作につとめ徐々に世間に認められていく。詩誌「椎の木」に独自の抒情詩を発表し、他に三好達治萩原朔太郎などが寄稿。月刊詩雑誌「四季」編集者として示した節度と抑制ある風格は円熟味を増した。見る者と見られる者の中に物象を置いてその状況を内面的に捉えている確かさは読む者に極めて強い印象を投影する。

 

花の芯

 

 新しい時代に

 

いくら平和となろうと

人間は苦しむだろう

たとえ平等の世が来ようと

人間はかなしむだろう

 

地上に生きとし生ける者に

恋歌と苦悩の尽きることはなかろう

だが 新しい時代はやってくる

赫々として明日の太陽といっしょに

 

希むらく

新しき時代に生きん

新しい歎きに泣き

新しい悩みに悩もう

 

それら歎きと悩みの上に

ひとすじ真実の橋を架けよう

 

 言葉なき愛

 

山の高い嶺のあたり

ふりつもった厚い雪の上や

陽を浴びてかたむく木の下をとおるとき

ふと思い起す

 

いまは亡い母や

家に在る妻のことを

 

または世のゆきずりに出遭って

すぐに迹形もなく離れ去った女性達の

つつましく小さな心づくしを

 

それら自然の中に寂びて

風のようにも ときに吾が心に鳴りきたる

言葉なき愛の思い出―