ウクライナ戦争の200日 小泉悠

2022年9月20日第1刷発行

 

帯封「私たちは歴史の転換点を目撃している なぜ終わらないのか、両国の戦略はー

ロシアの軍事・安全保障研究者の著者が7人の識者とリアルタイムに語り合った戦争の記録」「Ⅰロシアは絶対悪なのか ×東浩紀(評論家・作家) Ⅱ超マニアック戦争論 ×砂川文次(小説家) Ⅲウクライナ戦争 百日間を振り返る ×高橋杉雄(防衛研究所防衛制作研究室長) Ⅳウクライナの『さらにいくつもの片隅に』 ×片渕須直(アニメーション映画監督) Ⅴ『独裁』と『戦争』の世界史を語る ×ヤマザキマリ(漫画家・文筆家) Ⅵ徹底解説 ウクライナ戦争の戦略と戦術 ×高橋杉雄 Ⅶドイツと中国から見るウクライナ戦争 ×マライ・メントライン(エッセイスト)×安田峰俊ルポライター)」

 

東氏との対話では、ウクライナ戦争が非常に古いタイプの戦争という印象が強いこと、長期化することによる核戦争の可能性がゼロではないこと、日露の非西欧的要素は否定できず、共生がいかに大変なのかを直視して決して無視できない大きなロシアを共存できる存在にしていくしかないと語る。

砂川氏との対話では、元自衛官だけあってオタク的な対話が繰り広げられている。方面と師・旅団では火力調整会議で荒れるとか、方面火力の中でも航空火力と地上火力で対立し、限られたリソースをいかに上手く使うかに心を砕くという場面が紹介されているが、実体験からの語りであるだけにそんな会議が行われていることに正直驚いた。当たり前と言えば当たり前のことなのだろうが。

 高橋氏との対話では、ロシアの東部・南部・中央・西部軍管区の4人の司令官がいて現場の層司令官がいないことでバラバラな作戦であることや、ファイブリングモデル、ターゲティング理論などを紹介しながらロシアの戦術のまずさなどが解説されている。その主要な要因としてウクライナの領土の広さという点を指摘している点は改めて指摘されればそれはそうだと頷く面がある。

 片渕氏との対話では、キーウの街並みはモスクワに似ている、ロシア人からすると、ウクライナ人は区別がつかない、ほとんど我々であるという言い方をよくする、ウクライナの景色が戦争で変わることで破壊し略奪したロシア人の側にも傷が残る、ロシア人自身がこの戦争をどう総括しどう落とし前をつけるかという巨大な精神的問題を抱え込んだと指摘する。サンクトペテルブルクやワシントンは「世界の中心」にいる心地になり、世界に「片隅」があるという認識が抜け落ちてしまうのではないか。ただスマホの普及は「片隅」に重みをもたせる契機になりうる、立場の違ういろいろな人がいてそれぞれ違う思惑がうごめきああって、でもそれが戦争という一つの全体状況として放り込まれている、それ今のウクライナの印象で、その視点はもはや変えられなくなってしまった、と述べている。

 ヤマザキ氏との対話では、ネロ、イタリヤ元首相ベルルスコーニカダフィらを通して独裁者が権力にしがみつく理由を明らかにし、プーチンが日本の左や右に人気がある理由についてアメリカに逆らえない国と語ったことを指摘する。イタリアでベストセラーになったニコライ・リリン『シベリアの掟』では金持ちを殺したり盗んだりすることは良いこととされていて、国際化を目指す上では道徳観が異なる世界が世の中に多くあることを認識することの重要性を語っている。

 高橋氏との対話では、当初ロシアは南下部隊と東から西へ向かう部隊でキーウを包囲し四六時中砲爆撃を浴びせウクライナを降伏に追い込むという想定で精鋭部隊を始め相当な規模で戦略機動を行ったが、東側からの部隊のスピードが速すぎて、プロバイルの戦いでウクライナが首都ギリギリのところでロシア軍を撃破して食い止め、南下部隊も迎え撃ち、ロシアの背骨をへし折るくらいの打撃を与えたことでキーウを守ることができた。現場の兵士が死ぬ気で最後まであきらめずにやり切ったことで緒戦を凌ぐことができた、特にアメリカから供与された対戦車ミサイル「ジャベリン」を活用しロシア戦車の撃破に成功した。もっともその後ロシアはキーウを整然と撤退。ウクライナは桁違いに多いドローンを活用。戦局を変えたのはロシアがボパスナの高地を制圧できた以降。これによりロシアはイニシアチブを取り、及第点の戦争を仕掛けていると評価している。ウクライナアメリカから供与されたハイマース(ピンポイントで攻撃できるロケット砲システム)を使いこなしている。ロシアは火力に関して異常に強く、毎年秋に大演習を実施するが7日間で消費する弾薬は11万トン。自衛隊の全保有弾薬がちょうどそのくらいなので一体どれくらいの弾薬を保有しているのかと驚いている。

 マライ&安田氏との対話では、ドイツはロシアに対する感度は高いが、中国を意識し出したのは2020年代から、第二次世界大戦後最大規模のウクライナ戦争は中国に変な気を起こさせる危険があるため日本はそうならないためにどこまでやるのか真剣に考えなければならない、中国は国内プロパガンダとしてコロナはアメリカのせいと説明してきたので中国もロシアも6,7割はそう信じている、今回の戦争でロシアは報道を規制する中国化した、何でも自給できるロシアは中国より窮乏に強い、動乱を怖れるために安定を実現している中国もロシアも民意で支持されている、思考が理解できず分かり合えなくてもお隣さんとして一緒に暮らしていく、そんな智慧は中国やロシアから学ぶところがあるのではないか、と語っている。

 

 ウクライナ戦争を多面的に取り上げ、物事を深く理解する題材としては、良い本だと思う。