土 長塚節

昭和25年6月10日発行 昭和42年12月10日39刷改版 平成19年10月15日80刷

 

裏表紙「茨城県地方の貧農勘次一家を中心に小作農の貧しさとそれに由来する貪欲、狡猾、利己心など、また彼らをとりかこむ自然の風物、年中行事などを驚くべきリアルな筆致で克明に描いた農民文学の記念碑的名作である。漱石をして『余の娘が年頃になって、音楽会がどうだの、帝国座がどうだのと云い募る時分になったら、余は是非この『土』を読ましたいと思っている』と言わしめた。」

 

「『土』に就て」という序文で、漱石は、「前後半日と中一日を丸潰しにして漸く業を卒えて考えて見ると、中々骨の折れた作物である」と評しつつ、「余はその時娘に向って、面白いから読めというのではない。苦しいから読めというのだと告げたいと思っている(略)知って己の人格の上に暗い恐ろしい影を反射させる為だから我慢して読めと忠告したいと思っている」と書いている。漱石は、「多数の小作人を使用する長塚君は、彼等の獣類に近き、恐るべく困憊を極めた生活状態を、一から十まで誠実にこの『土』の中に収め尽くした」と評し、「ある文士が、我々は『土』など読む義務はないと云ったと、わざわざ余に報知して来たものがあった。その時余はこの文士に」、「わざわざ断らんでも厭なら厭で黙って読まずにいればそれまでである。もし又名の知れない人の書いたものだから読む義務はないと云うなら、その人は唯名前だけで小説を読む、内容などには頓着しない、門外漢と一般である。文士ならば同業の人に対して、たとえ無名氏にせよ、今少しの同情と尊敬があって然るべきだと思う」と不快感を示している。

読んでみて、確かに「骨の折れ」る作品であることは間違いない。が、それなりに味わうのには事欠かない。もっとも、スピード感があるわけでもなく、貧しい農家で働き者だった妻お品の姿や、最愛の妻が亡くなった後の、夫勘次と娘おつぎと息子与吉の暮らしぶりが前半では丹念に描かれている。後半は義父が同居するようになり、また娘が成長して母親そっくりに働き者に成長していく姿が描かれている。だが、その娘は、父と一緒に畑仕事を従事し、同じ青春を生きる若者たちとは違う生活に甘んじざるを得ない日常を淡々と描き続け、気が付いたら20歳を過ぎてしまう。最後は父と娘が畑に出ている最中に、義父と息子はちょっとしたことから家に火をつけてしまい、家が焼き落ちてしまう。

 ストーリーらしいストーリーはないと言ってよい。ただ記憶に残るのは、小作農という苦しい生活を送る中でも生来優しい性格の持主だった勘次(お品の病気の知らせを受けて急遽出稼ぎから戻る際に鰯3匹を買って皆で食べようとした)が、生活苦に喘ぎ、地主の木の根を盗んだり、義父に冷たい態度を取るようになったりと、荒んでいく姿に変わっていくことだろうか。

 それにしても、読み終えるのに、まるまる7時間近くかかったのは、近年でも稀に見る、文字通り、骨の折れる作品だった。でも時間をかけて読む価値のある本だとは思う。