木練柿 あさのあつこ

2009年10月25日初版第1刷発行

 

弥勒」シリーズ第3弾。4編からなる短編集。

「楓葉の客」では、37歳になる遠野屋女中頭おみつは、小太りで汗っかき。遠野屋で蒔絵の櫛を万引きした娘を手代の信三は取り押さえる。修羅場をくぐってきたと思われる男が猿子橋のたもとで匕首で腹と胸を刺殺されて転がっているのを定町廻り同心木暮信次郎と岡っ引の伊佐治が検分する。男は「おみつさま・・」と書かれた紙くずを持っていた。万引娘は糸屋『春日屋』のお絹。清之介がわけを聞くと、父親が借金を重ねて20歳も年上の常盤屋の後妻に行かされそうになり縁談を壊そうと思い、わざと捕まった。そこに父親が登場して娘を叱り飛ばすが、娘は嫁がないと喚き散らして挙句癇癪を起して気絶する。そこに信次郎が男の人相書きをもって遠野屋に現れおみつに示して知らないかと尋ねるとおみつは知っていた。男は甚八と言っておみつがかつて嫁いだ荻野屋に奉公だった。偶然20日前に甚八と出会ったおみつは甚八から奉公時代におみつによくしてもらったお礼をしたいと言われ再会を約束したが当日おみつは忙しさのために忘れてしまった。そこに甚八から文が届く。その内容を信次郎が推測してズバリ当てるとおみつは信次郎を見直して文がおみつの汗で読めずに2度目の誘いにも行けなかったところ、またもや文が届くが読まずに放置していたら、殺害されていた。清之介がおみつに文すら読まなかった理由を聞くと、甚八に白粉の臭いを感じて危うさを感じたという。信次郎はその日の夜遠野屋に泊まるという。夜になるとお絹が父親を呼び入れて盗みを働こうとするが、あいにく正体を見破られていたため、匕首を使うものの御用になる。甚八がおみつに近づいたのも、お絹が万引きを働き捕まったのもすべてはこのためだった。

 

「海石榴の道」では、遠野屋の商売仲間で、帯屋の三郷屋の主・吉治が、蓮屋の宴席で飲み過ぎて遠野屋の清之介に介抱される。そのお礼に遠野屋を訪ねて汚した羽織の代わりに別の新調した羽織を持参する。清之介の寸法にぴたりと合う羽織は吉治が身体を見ただけで寸法を見事に当てられる一つの才質だった。異業種同士で新しいことを始めようとしていた商売仲間の集まりを、黒田屋の一件でしばらく中止していたメンバーが再開を約し合った直後、仲間の一人吉治は、大店の主人の囲われ者のおせんから、逢いたいとの文をもらい、別れを告げる決心で手切金を持参して訪ねるが、紐が首に巻きつけられて死んでいた。紐をといてやろうとした吉治を、人殺しだと勘違いした女中のお常が、大声で助けを求めに外に飛び出し、吉治は殺害の疑いで仮牢に入れられてしまう。吉治の嫁と父親が遠野屋を訪れて助けを求め、清之介が信次郎に吉治の犯行ではないので調べ直しを懇願する。信次郎は辻褄が合いすぎることに不審を抱き、おせんの周辺を調べると、おせんの下に通う男は吉治と大店の主人以外にも複数いたこと、その全員におせんは文を送っていたが、おせんの下に出向いたのは吉治だけであることが分かる。おせんとは血がつながらないものの親子のような関係になっていたお常が、男に弄ばれたことで生きる気力を失い、好きな椿の樹で首を吊って自死した後に男への復讐のためにおせんが首を絞められて殺されたように見せかけるためにお常が紐で首を絞めたことを信次郎は見破る。海石榴とは椿のことだった。

 

「宵に咲く花」では、伊佐治の息子太助の嫁おけいは、幼いころから、夕顔の白い花をみると、熱を出したり、気を失ったりする奇病持ちだった。大人になり太助の女房となって太助が腕を振るう『梅屋』で働き忙しくしているうち、すっかり夕顔のことを忘れていた。ある日、買い物帰りに神社の境内を抜けようとした際、宵闇の中で夕顔の花を見て、急に不安になる。同時に、複数のごろつきに襲われ、危ないところを清之介に助けられる。一人は横網町の呉服屋井月屋の息子と名乗っていた。夕顔を見ると怖がるおけいだったが、花の下に死体を見たことが怖がる原因だったことを思い出す。どこで死体を見たのか。信次郎は息子よりもわが身可愛さで店を大事にする井月屋の態度に不審を抱き、おけいが熱を出すようになったのはいつからなのか等を聞き出す中で、井月屋はかつての自分が犯した事件をおけいが目撃したのとすっかり勘違いしておけいを匕首で殺害しようとしたところで御用。おけいが目撃したのは井月屋の犯行ではなく全く別の場所での別人の犯行だった。全体を通して伊佐治の家族の心温まる物語となっている。

 

「木練柿」では、おしのの口を通じて、生前のおりんが本気で好きになった清之助とおりんの母親おしのとの最初の出会い、おりんの父親で遠野屋の先代吉之助と清之介との出会いが語られる。おりんがいつ帰ってくるのかといつも周囲に訪ねてもはや気が狂ってしまったと思われていたおしのだが、清之介との会話の中で実はすべてわかっていて狂ってしまったわけでもなんでもなく、おりんが死んでしまったことやその原因は自分がおりんに早く身籠るように迫ったことにあることなどが明かされている。そんなおしのと清之介とのやり取りが続く中、遠野屋の一人娘のおこまがかどわかされた。女中頭おみつに連れられて、小名木川まで散歩に出かけ、途中の稲荷の境内で休憩しているところ、おみつが何者かに襲われ地べたに倒れ、気がつくとまだ赤ん坊のおこまの姿は消えてしまっていた。早速に連絡を受けた信次郎はおこまの行方を捜す。時間が経過しても金も要求してこず、清之介自身への要求もない、ことから、信次郎は犯人はおこま自身が欲しかったと発想を変え、かどわかしの場所に再度行くと、その近くの路地で暮らす者たちから話を聞いたことがヒントとなり、事件の真相をにらむと突然難しい事件でないことに疎み始め、その姿を見た清之介もおこまが無事戻ってくることを確信する。そして案の定伊佐治の手下が調べると下手人たちが発覚して御用へとつながっていった。

 

この巻は、遠野屋の女中頭おみつ、清之介の商売仲間の吉治、伊佐治の息子太助の嫁のおけい、遠野屋の養女おこまという脇役を中心に、それでも結局、信次郎と清之介という2大キャラが常に立つ形でショートストーリが展開していく、というものでした。