平蔵の首《上》 逢坂剛

2016年6月10日発行

 

平蔵の顔

黒蝦蟇の麓蔵は、平蔵に実の弟が斬り殺されたことに恨みに思い、一矢報いたい。平蔵は深編笠を被り誰にも顔を見せない。麓蔵は「役宅にいるときも、平蔵がお調べの場に素顔をさらすことは、めったにねえというじゃねえか。一山いくらの盗っ人や、下っ端の博奕打ちの吟味は、配下の与力連中に任せきりだ、と聞いた。かりにも、平蔵がみずから詮議に乗り出して、厳しく取り調べた悪党どもは、一人の漏れもなく打ち首になるそうだ。」と言い、かつて娘同様に可愛がった配下の者で、その後足を洗い、現在は平蔵の手先の美於に、平蔵が役宅を出てきたところで見分けを依頼する。美於は平蔵にありのまま告げ、平蔵は恩人にこれ以上仇で返すことが無いよう言う。平蔵が役宅を出た日、子分に後をつけさせた麓蔵は、美於に平蔵か確認させた。美於は嘘は言わなかった。美於が平蔵に間違いないと言った男は名主吉右衛門で、編笠を被った男は与力安吉だった。だが編笠の男を平蔵と勘違いした麓蔵はこの男に襲い掛かり、この男を助けるために間に入った吉右衛門の腕が斬られた。麓蔵は取り押さえられ白洲に坐らされ、その前に平蔵が姿を現わすと麓蔵は驚いた。吉右衛門だと思っていた男が実は平蔵だった。美於は嘘をつかずに恩を返し、麓蔵は平蔵に斬られるために平蔵の前に姿を現し、想い通り平蔵に一矢報いた上、極刑に処せられた。

 

平蔵の首

 美原屋に押し込んだ十九八の前に皮頭巾をかぶった平蔵が突如現れる。浪人又七郎、十九八、歌吉が覚悟を決めて、平蔵に挑む。又七郎の荒っぽい仕事やそれを諫めずにいる十九八のやり方に不満を抱いた歌吉だったが、蔵の頭巾を剥がすことに又七郎は成功した。その瞬間、一味の仲間で殺されたと思った友次郎の体が動き出し燭台が又七郎に叩きつけられた。平蔵に、又七郎が斬られ、十九八も斬られた。友次郎は平蔵の手先になることで成仏した、死んだと思いこまされていた。死体だと思っていた友次郎こそが平蔵だった。そのからくりを知った歌吉は、友次郎から長谷川の下でこれからはお上のために役立だとうと説得され、覚悟を決めて、牢抜けをした。

 

お役者菊松

 伊三次は見張り役で遠島を申しつけられたが、牢で火災が起きて逃げた。牢抜けした歌吉と偶然出会い、伊三次は平蔵の顔を見た功績で鉄五郎に仲間へと呼ばれた。実際に伊三次が見たのは平蔵に成りすました公家憲一郎だったが。伊三次は実の平蔵が姿を現した時は気を失っていたので知らない。役者菊松が面変えの名人で伊三次から平蔵の顔かたちを聞いて平蔵に仕立て上げ押し込む計画を立てていた。甚八が江戸の町を歩く友次郎の姿を見たと聞いた歌吉は、友次郎が平蔵の手先になったことを鉄五郎に伝えた。鉄五郎は友次郎を仲間にすることを思い付いた。伊三次と歌吉は菊松の顔を伊三次の知る平蔵そっくりに作り上げた。友次郎が町を歩く伊三次に声をかけて作り噺をして鉄五郎の仲間に入ろうとするのに協力するふりをする伊三次。鉄五郎に会い菊松の顔を見た友次郎は、平蔵ではなく公家憲一郎にそっくりだという。驚いた鉄五郎は歌吉にすっかり騙されたことを知り、友次郎を信用して、友次郎が知る平蔵の顔そっくりに菊松の顔を作り変えた。甚八は友次郎の言う平蔵の顔に仕立て上げられ、菊松は公家憲一郎の顔そっくりに仕立て上げられ、歌吉には材木商木曾屋に押入ると告げ、友次郎には大徳屋に押入ると告げた。平蔵はその両方に陣を敷き両方の盗賊を捕らえた。平蔵の前に甚五郎を引っ立てた公家憲一郎が平蔵の前に現れ、突然平蔵を斬り付けた。公家だと思っていたのが菊松で、菊松と甚五郎の2人がかりで平蔵に襲い掛かった。万一のことを考えて公家憲一郎に途中で引き返すよう命じていた公家憲一郎が間一髪のところで間に合って平蔵を救う。

 

 技巧にすぎる感がないではない。が、結構面白い。別の平蔵が誕生した。