序の舞《三》 宮尾登美子

1987年4月10日

 

津也が再び身籠った。松渓に告げると、誰の子やと冷たくあしらわれる。太鳳と関係あることを察知していた男の卑怯な逃げ口上だった。津也は降し薬を手に入れるために絵を売ろうと山勘を訪ねるが、体とセットでならという話をされて愕然とする。女郎のような真似は出来ないというと、なら枕絵を描けと言われ、山勘に通って完成させる。これが後に品格のある枕絵として高い評価を呼んだ。月やくの通じぐすりを手に入れて家に帰って煎じたのを勢以はとり上げ、今度は里子に出さず降ろすこともせず、生まれたややこは勢以が責任を育てるという。七か月に入った津也を太鳳が急用があると言い呼び出すと破門を通告された。絶望の淵に突き落とされた津也だったが、勢以はややの母親になるのであればしっかりしなさいと励ます。無事男の子を出産。が噂を聞き付けた勢以の母が里子に出せと勢以に迫るが勢以は相手にしない。これから世間から如何に火の子が降りかかろうと家の中が幸せならそれでよいと津也を励ます。孝太郎と名付けた。経済的苦境に陥った中、展覧会に出品した「少女」は話題にすらならなかったが、これを買いたいという者が現れて、苦境を脱した。太鳳の命じた蟄居も解け、弟子を取ることも許されて、商売は引退することとして、引越しを果たした。「姉妹三人」で筆頭の二等四席を獲得し、「春の粧」は銀牌、「遊女亀遊」は四等を受けた。文展で第1回は「長夜」で二等を、第2回は「月かげ」で三等を、第3回はお休みして、第4回は「上苑賞秋」で三等を獲得する。徳次にそっくりな弟桂三と再会を果たし、大阪勤めとなった後に二人きりで会う約束をし、津也は過去のいきさつ全てを話した上で桂三と愛を交わす。孝太郎は京都市立美術工芸学校に入学する。初めて父は死んでおらず松渓であることを勢以が打ち明けるが、孝太郎はふうんと頷くだけだった。桂三は実家からやかましいことを言われるようになったと津也に打ち明けると、津也は来るときが来たと思うものの、悲しくなる。そんな折、能に出会い、謡曲が桂三に傾斜していく自分を留められそうに思う。桂三への想いを込めて文展第9回に出品した「花がたみ」は二等を射止めた。この絵を見て桂三は津也との結婚を親に話すことを決断して話をした。反対されるが、徳次が説得する側に回ってくれた。勢以は年頃の孝太郎と、家庭のことを何一つできない津也が旦那と絵の両方を求めてやっていけるのか心配した。十中八九、破綻を予測した勢以だった。第10回文展で永久無鑑査出品の特別待遇を受け、皇太后がいたくお気に召され皇室からご用命あるほどの地位を得た。2人の結婚は桂三サイドの親族たちの許可を待つばかりとなっていた。